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after school
時計の針が夕刻を指す…。
ふと、窓の外に目を向けてみれば、青かった空は夕日のオレンジ色に染まり、だんだんと暗くなってきていた。
人気の無くなった建物は不気味に感じるだけで面白くもない。
そう思いながら“彼”は机に広げられたプリントと、かれこれ2時間ほど格闘していた。
(難しすぎんだよ、これ…)
まだ半分以上の問題が残っているプリントを頭の上にかかげて光に照らしつけてみたり、教科書を開いて答えを探してみたり…。
しかし、どれもこれもあまり役には立たない。あたりまえだ。
彼の集中力はとっくに切れて、すでにあきらめ状態になっている。
彼が今、やりたくない課題を懸命に終わらせようとするのには理由があった。
5限目に体育、そして6限目に世界史というハードな時間割。
最初は余裕だった彼も後半になると、ついウトウトとしてしまったわけだ。
それに目をつけた先生は問題を解くよう彼に命じ、結局、話を聞いてなかった彼には答えることが出来ずに…。
今に至るのである。
集中力の切れてしまった彼は、プリントを睨みつけながら頭にある人物を頭に浮かべた。
浮かんだのはその“先生”の顔だった――…。
彼のクラスの歴史の教科担当であり担任。さらに年は若く、ルックスも良いということで、生徒に人気があった。
もちろん、彼も先生の授業は面白くて好きだが、先生自身の好きの感情が……彼自身もイマイチ理解していなかった。
先生が他の人と一緒にいる時、彼は先生に対してイラだちを覚えていた。
自分でも、なぜイラついていたのかが分からなくて深く考えたことはなかったけど――…。
「あ〜〜〜っ!!」
彼は叫んだ。
その叫びは虚しく、人気のない教室中に響き渡る。
(今日みたい番組があったんだ!!)
彼は乱暴に筆記用具や教科書やらを鞄の中に投げ入れて、急いで職員室へと走る。
すでに下校時間はすぎ、後は見回りの警備員しか残ってないはずだ。
だから彼は担任の机にプリントをのせて、早くと帰ろうと考えたのである。
――しかし…。
職員室の角にある机からの微かな機械音。
彼はまさかとは思い、忍び足で、その机をのぞきこむ。
その瞬間、彼は息をのんだ。
パソコンは起動したまま、先生がそれに覆い被さるようにして眠っていたのだ。
初めて見る先生の無防備な姿に不覚にもドキッとする。
彼は先生を起こそうとして伸ばした右手をピタリと止めて、先生の顔の横に静かに手をついた。
彼は自分が何をしようとしてるのか分からないまま、自分の顔を先生の顔に近づけてそして――…。
「ん…っ」
先生の口から漏れた声でハッ、と彼は我にかえる。
顔が…熱い…。
いったい自分は何をしようとしていたんだ、と答えの出てこない混乱した頭を落ち着かせようとして、かかとを翻し、彼は職員室の扉に手をかけた。
「ん…あれ?何だ、まだ残ってたのか」
後方から聞こえた声に、彼はドキッとして額にひや汗がうかぶ。
一方、先生はまだ眠そうに目をこすり、また、パソコンに目を向けて、それを閉じた。
壁掛け時計に目を向けると、もうこんな時間か。と呟き席を立った。
先生の言動の一つ一つに彼はビクッと反応していた。
(何で俺がビクつかなきゃいけないんだよ!!俺は…何もしてな、い……)
そう自分に言いきかせて、赤面していた顔をはたき、開き直った口調で振り返った。
「先生がこんな難しいプリント渡すからじゃん!」
あきらかにタメ口。
しかし、先生はそんなことに目もくれず、彼の片手にぶら下がっていたプリントを隙を見て素早く取った。
彼が
「あ!」と声をあげる前に先生の声があがった。
「あっちゃ〜。これ、まだ習ってないとこだ!プリント渡し間違えてたのかぁ〜」
と、悪びれた様子もなく笑った。
先生が間違えたせいでこんな時間まで居残りするハメになったんだから謝って欲しいと正直思ったが、先生の笑いは意外にも爽やかで、気がつくと、先生につられて笑ってしまっていた。
「でも…よくここまで解けたな〜」
感心したようにもらした声につられるように、思わず口元に目が引きよせられた。
「……先生…」
「ん〜?」
「…いや、別に……。何でも、ない」
「なんだそれ?」
今度はあきれたようにハハッと笑った。
すると何かを思いだしたのか、
「あ」と短く声を発した。
「そーいえば、さっき何しようとしてたんだ?」
何やらニヤニヤしながら先生は顔を近づけてきた。
そう…。
彼が先程、先生の顔に近づけたぐらいに…。
彼は思わず赤面した。
頭に血がのぼったように、顔はまっ赤に染まり、彼はそれを隠すように近づけてきた先生の顔から目を背けた。
「ぉ…起きてたんですか!?」
ついつい敬語…。
さらには、声までもがひっくり返って動揺を隠しきることが出来なかった。
次に発せられる先生の言葉を激しく体の中に鳴り響く心臓音を感じながら待っていた…が。
「へ?」
返ってきたのはひやかしの言葉でもなく、甘いセリフでもなく、何とも気の抜けた返事だった。
「…え?」
彼もつられて聞きかえす。
よくよく見ると先生は少しだけ笑顔が引きつっている。。
「まさか…本当に何かしようとしてたのか…?」
墓穴!!!!
内心動揺しまくっていた彼は、その問いに何と答えて良いのか分からず、うつむいたままだ。
「なーんてな!!」
そう言って先生は彼の背中を笑いながらたたいた。
「お前がそんなことする度胸があるわけないもんな」
その言葉を聞いて、彼の頭の中で何かがプツン、と切れた。
「先生…」
「何だー?なんでもないはナシだぞー」
「さっきさ〜、何しようとしてたって聞いたよね?」
「え?あ、あぁ…」
先生がそう口を開いた瞬間。
彼は先生の胸元にぶら下がっていたネクタイをつかみ、グイッとひきよせた。
先生はそのままバランスをくずし、彼の方へ倒れそうになったが不意に近づいてきた彼におどろき先生はのけぞった。
「っ…!?」
(今……口、当たった?)
ほんの一瞬の出来事で、状況を理解することが出来なかった先生は、答えを求めるかのように彼に目を移すと、彼は舌をペロリと出して笑った。
「今……っ!!」
「さっき、これ…しそびれたから……」
そう言って彼は自分のバッグを背負いなおして、職員室の扉に手をかけた。
「また明日…先生」
低く、低く。
ささやくような声で彼は呟くと職員室から出ていった。
わけがわからぬまま、職員室に取り残された先生は、フラフラとした足取りで、後ろにあったイスに乱暴に腰を下ろした。
「はっ…ハハハハハ……」
こわれたように笑い出す。
「まいったな…」
天井を見上げて、手を蛍光灯にすかす。
「せめて、卒業まで待ってほしかったなぁ…」
感触を確かめるように、指先で口元をなぞる。
過ごしやすくなった秋の香りは心地よく鼻をくすぐり気持ちを落ち着かせてくれた。
秋の次は冬。
冬の次は春…。
卒業式まで、まだまだ長い…。
◇そのあと◇
「うわあぁぁ!!!なんちゅーことしてんだよ、俺はっ!!?あんなん、『好きです』って言ってる様なもんじゃねぇか!!」
結局、見たかったテレビ番組の時間にも間に合わず、俺は部屋で一人悶々としていた。ベッドの上で意味不明にゴロゴロと行ったり来たりしたり、先程のことを思い出して赤面したり…。
「俺のファーストキスがあぁ!!ヤロー相手に……って、まぁ、相手先生だからいいけど……ってなに言ってんだ俺はぁっ!?変態かこのやろう!!!」
バシン、と手元にあった枕を床に叩き付け、自分自身を罵倒する。
数分後、ようやく落ち着きを取り戻して、先程叩き付けた枕を抱いてベッドに座りなおした。
結局のところ、俺は先生が好きなのか?まぁ、嫌いではないのは確かだけど…恋愛、的な方向で…?
俺ってホモだったのか?
否!!今まで女の子を好きになったのは何度かあった!!結局想いも告げられぬままアチラさんが転校したり彼氏ができたりと実ることはなかったものの、以前の俺は確かに女の子が好きだった。普通に恋してた。
じゃ、この気持ちはいったい何だというのだろう?
今までにない感情。
ドキドキと高鳴る心臓。
先生を思い出すと、胸が締め付けられたように苦しくなる。
「…って、少女漫画の主人公か俺は…?」
初めて恋というようなものを知ったような感覚…。
「キス…したんだよなぁ、俺……先生に…」
また、かっと顔が熱くなるのが自分でも分かった。きっと今俺は今までにないくらい赤面しているのだろう。
「とりあえず…明日どんな顔をして会えばいいんだ…」
俺は眠るまでそんなことを考えていた。結局、なにも浮かぶことがないまま眠りについた。
翌日、携帯から先生の声が聞こえるということも知らないまま――…。
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