バトンタッチ1

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目覚まし時計のわずらわしい音、ではなく肌を刺激する日光で目が覚めた。 季節は暦上、夏をさす。夏休み終了まで残り2日といっても、それと同時に夏が終わるわけではない。うだるようなこの蒸し暑さはまだしばらく続くだろうし、それが終われば秋を感じさせる間もなく冬に突入するだろう。日本に四季があった頃が懐かしい。いや、一応あるはあるのだけれど、現在日本は地球温暖化の現象で季節感が狂い始めている。まぁ、そんな余談話はおいといて。 「………」 目を覚ましてもやはり俺は入江りとの姿だった。元の自分とは違う身体の小柄さや視線の違いにやや違和感を覚えつつも、見慣れない部屋を歩き洗面台の前に立てば、現実は容赦なく俺の前に立ちはだかった。 夢であってほしかった。むしろ夢だと思いたかった。 しかし、洗面台に行く途中にテーブルの角に足をぶつけた痛みでこれは夢ではないと悟ってしまった。なんということだろう。かなり痛かった。 「どうしろってんだよ…」 周りの体裁を気にして、普段から独り言を控えているというのにもかかわらず、つい口からこぼれ出た弱音。生徒会長として生徒の頂点に君臨し、教師、生徒問わず良好な人間関係を必死に築き上げてきたというのに、振り出し地点に戻ってしまった。 人生ゲームで不幸にも『呪術師に仲間を入れ替えられ、スタート地点に戻る』コマを踏んでしまったようだ。泣きたい。 とりあえず洗面台の前に立ったついでに顔を洗い、部屋に戻る前に冷蔵庫に入っていた無駄に高そうなプリンを拝借してから部屋へ戻る。 寝起きに無視したデスクトップの画面はいまだに点滅したまま、そこに我を主張していた。仕方なく、プリンを片手にPCの前に重たい腰を下ろし、つらつらと並ぶチャット画面に目をおとす。 内容は、入江りとのプロフィール的なものだ。 これから入江りととして生活していくために必要な知識。本来なら必要ない知識。それを頭にたたき込むように小声で復唱しながら最後まで読み切った。 僕の名前は入江りと。 当然だが呪術を使えるということは公表していない。 年齢は17歳。現在高校二年生。 性格はどちらかといえば根暗寄り。人が苦手でコミュニケーション能力は皆無。友達なんてネット上だけでいい。 学校は一応毎日通っている。クラスは無差別にわけられており、2-Bに所属。担任は岩山。ホストみたいなやつ。部活はなし。図書委員だがさぼりがち。席は窓際の一番うしろ。ロッカーは教室入り口の一番手前。 同室者は船間純一。学校一の男たらし。世界中のやつがみんな友達で、自己中。会えば分かる。 生徒会長は西城、副会長は神宮寺、会計は茅野、書記は宮野、補佐は内村。 風紀は田代。 一匹狼の不良君が井森。 こいつら、内村以外はみんな船間にホの字。まじきっしょい。 ちなみに学校ホモ多い。生徒会には親衛隊ってのがいて、会長の親衛隊長が浅野。僕にめっちゃ制裁かましてくるやつ。 「…どうしよう、読む気なくした」 そんなことも言ってられず、結局全部読んだけれど。 読み終わったあとには軽く自分のプロフィール的なものを打ち込んだ。打ち込みながら、俺の人生プランこいつにぶちこわしにされるんだ…と思ったら軽く落ちこんだ。 腹いせに長ったらしい髪を切りにいこうと、俺は出かける準備をいそいそとはじめた。 ******** 「ありがとうございましたー」 店員の明るい声に送られ、店を出る。 始終びっくりだらけだった。 寮を出たのははじめてで、自分の勘を頼りに敷地出口を探していたら、なぜかアケード街があって、そこに美容室があって、散髪代がすごいたかくて、カードキーで支払いすこととか、美容室のひとがほとんどイケメンだったこととか、好きな男性のタイプきかれたこととか、なんかもう全部びっくりした。 髪型はカタログから選ばせて頂いた。ショートウルフ。 ついでに服を買いにいった。 おかげで根暗からちょっと雰囲気イケメン臭漂わせる感じにできあがった。 上出来だろう。 アケード街を散策し、飯食った。 ちなみに途中から金額計算はやめた。五万くらい使ったかもしれない、ごめん入江。 「へぇ、ずいぶん見た目が変わったね。入江りと」 イヤホンを耳に、携帯にはいっていた知らない曲を流しながら少し良い気分で歩いていると、目の前に小柄な少女…いや、少年が立ちはだかる。なんだか見た覚えのある顔だ。そういえば、入江のブラックリスト写真集の中にこいつの顔があったはず。 記憶を巡らせていけば、目の前に立ちはだかるこの少年が生徒会長親衛隊長の浅野晶であると結論を出した。いじめっ子代表。まさかこんな可憐な見た目の子にいじめられるとかないだろう、なんて思っていたが入江いわく常に後ろにシンパを引き連れているらしい。が、今は見あたらない。 「そうやって見た目で会長を誘惑する気なんでしょ!」 「…はぁ」 どういうこっちゃ。 男が男を誘惑してどうする。そして誘惑されてどうする。 そう考えたが、そういえばここホモの集まりなんだった…と思い出してまた軽く落ち込む。 「えーっと、あさのあき、さん?」 「軽々しく僕の名前呼ばないでくれる?」 ふん、と小柄ながらに人を見下そうとするその姿勢がちょっとおもしろい。 いじめっこというところは少々いただけないが、なんか普通に絡んだらおもしろそうな子だ。っていうか…。 「浅野霧彦のいとこじゃん」 クラスメートの浅野霧彦。明るく、ムードメーカー的な存在の彼が、可愛いだろ男だぞーと写メを見せてきたのは記憶に新しい。画面にうつる姿も今のように見下しポーズだったから今思い出した。 ついぽろっとクラスメートの名前を出せば、浅野晶はぎょっと驚いた表情を見せる。まさか自分のいとこと入江りとが知り合いだなんて思いもしなかったんだろう。浅野の驚いた表情はみるみるうちに真っ青になっていって、あわてふためく仕草が少しかわいい。 「な、なんであんたが霧くんのこと…」 「あー…友達?」 「うそ!」 「ほんと」 いや、うそ。ほんとはただのクラスメートだ。 クラスメートは俺のこと友達だと思っているだろうけど。 「だ、だって、霧君そんなこと一言も…」 「いやいや、浅野霧彦のいいとこだろ。自分も相手も楽しい話題しか話さないとこ」 つまり相手の知らない相手のはなしはしない。 身内ネタで勝手に盛り上がったりしない。 ムードメーカーな彼が、素でそれをやっているのか、気を遣って意識的にそうしているのかは知らないけれど。 「と、いうか友達の友達って感じ。仲本っていう友達のクラスメートなんだよね浅野は」 「霧君の学校の生徒会長…」 「あれ、」 なんでそれは知ってるんだ。 「霧君が、ぼくの知らない相手のことの話をしてきた時、唯一仲本だけ出てきたから覚えてる。ていうか…なんで…え、どうしよう…」 頭を抱える浅野晶はひとりぶつぶつとつぶやき、表情は真っ青のまま変化がない。 俺はというと、混乱し始めている彼に多少なりの同情を覚えていた。 そりゃ自分が学校で率先して人をいじめていますだなんて親族には知られたくないだろう。あまり人を嫌わない性格の浅野は、曲がったことは嫌いだ。法律とか、規則とか守らないやつではなく非道徳的なやつを嫌う。間違いなく、浅野晶は彼の嫌いな部類の人間のたぐいに入っているだろう。ばれて、嫌われるのがこわいのだ。 「別に、ばらすつもりなんてないけど」 「…え」 「浅野に君のこと話すつもりないし、話したところで僕に利点はないし。だから、そんな悩む必要なんてないんじゃない?」 「……」 同情心故、本心をそう語れば浅野は固まったまま呆然と俺を見つめる。 まぁ、入江が知ったら速攻ばらしそうだけど。ブラックリストの中のひとりだし、弱みなんて利用してなんぼ、的な精神の持ち主だろうから。 しかし俺としては、まだ浅野晶とは初対面だ。別に嫌いでもないし、憎んでる訳じゃない。むしろ入江のほうがにくい。俺の人生プランはちゃめちゃにしやがって。 だから、入江にも浅野にも親衛隊長さんがクラスメートのいとこで学校では悪事をはたらいてますよ、なんて言うつもりは最初からなかった。多少、脅したらいじめなくなるんじゃないか、なんて打算はあったが、最初だけだ。 そんなことを思っていると、浅野晶は何を思ったか、踵をかえし何も言わず走り去っていった。うつむいた彼の表情は分からないが、なんかあまり安心してるようには見えなかった。言い方を間違えたかな。 とりあえず、彼とまた絡む機会があるのかどうかは分からないけれど、寮に帰ろうと俺も止めていた足を動き出させた。
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