after glow

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after glow

「はぁ…」 彼は小さく溜め息をつく。その表情は紅一点と無表情で、感情を読み取ることは困難なものだ。しかし、決して機嫌が良いとは世辞でもいえるものでもない。 「あと…10分」 腕時計をチラリと見たあとに、彼のいる店の壁掛け時計にも目を向けて、呟く。 彼はある人物と待ち合わせをしているところだった。 ガラス張りの窓から、外を眺める。いや…実際彼は待ち合わせをしている人物を無意識のうちに目で探していたのだ。それに気付いた彼はブンブンと首を振り、テーブルに伏せてしまう。 (なんで…若干ウキウキしてんだよ、俺は…) 彼を不機嫌にさせていた要因はそれだった。 彼は、今から会う人物に会えることを楽しみにしてしまっている自分が嫌なのだ。 「よっ、待ったか?」 「っ!?」 いきなり声をかけられたせいで、彼はドキッと心臓を跳ね上がらせてしまう。ドキドキと高鳴る胸を押さえ付け、平静を装い、彼はゆっくりと声のしたほうへ振り返った。 「…待った」 待ったのは確かだ。 実際彼が待ち合わせのこの喫茶店に来たのは約束の時間よりも30分も早い時間だ。でも…。 (違う…こんな風に言うつもりじゃ、なかったのに…) 自分の口から可愛いげのないその言葉が出た時、ひどく後悔していた。 昨日のこともあるせいか、彼は緊張してまっすぐにその人を見ることができないでいる。 目の前に立つ男――彼の担任にあたる先生と…。 「なんで…呼び出しとかするわけ?」 先生はもう昨日のことを忘れたの?俺はアンタにキスしたんだよ? そんな言葉を心の奥底に沈めて、目をそらしたまま尋ねた彼は、ひどく不愉快そうだった。そんな彼を一蔑したあと、先生は彼の向かい席に腰掛け爽やかに笑う。 「お前が言ったんだろ?また明日ね、って」 「…………」 彼は先生にバレないよう、小さく溜め息をついた。 昨日の自分の行動と別れ際の言葉を後悔し、すっかり冷えてしまったコーヒーを口に運ぶ。 (確かに言ったけど…) 昨日は金曜日だった。 そんなことも忘れていた昨日の彼は、不覚にも「また明日」などという失言を帰り際に先生に言ってしまっていた。 でも、内心は後悔半分嬉しさ半分という微妙な心境。本来ならば休日に先生と会うことなど、偶然に偶然が重ならない限り…ない。 まだ自分の気持ちを分からないままの彼は、そんな自分の心境を理解できないでいた。 「別に…わざわざ呼び出すこともないじゃん?」 「いやいや。また明日なんて言われたら教師として会わなきゃっていうのが義務だろ?」 ――義務 なぜかその言葉にズキリと心が痛む。 「間違って言うこともあるじゃん?わざわざ呼び出してまで会わなくても…」 義務とか…そういうもので俺を振り回さないでよ。 俺は……少し、期待していたのかもしれない。 先生が俺に会いたくて、携帯に電話してまで口実付けたとか……馬鹿だな、俺。そんなことあるわけないのに。 彼の表情は沈んだように暗いもので、先生はそれを見て楽しそうに微笑んだ。 「そうだな」 「っ……俺、帰る」 「は?」 思いがけない彼の言葉に、先生は驚いたように声をあげる。彼は財布からコーヒー代を取りだし机に置いた。 「だって、そんな失言のために会うとか…おかしいじゃん。…ごめん」 「ちょ、待った待った!」 本当に帰ろうとする彼の腕を掴む。その掴まれた腕を彼は思わず凝視してしまう。 「なに…会ったんだから、その…義務とかも果たされたんじゃないの?」 義務とかで先生と会いたくない。そんな強制じみたことしたくないんだ。 そんな本音を押し殺し、引き止める先生を見つめる。先生は困ったような顔で首を傾げた。 「なんか、用事でもあるのか?」 そんな些細な仕草に彼の心臓はドキドキと高鳴る。煩い鼓動を手で押さえ付けるように胸を掴み、再び彼は腰を下ろした。 「別に…なにもないよ」 なんだこれ…。 なんでこんなにドキドキしてんだよ、俺は…。目の前にいるのは別に可愛い女の子でもなんでもない、担任だ。男の教師だ。 顔が熱くなるのを感じ、先生にバレないよううつ向いた彼に先生は言った。 「じゃ、遊ぼう?先生今日暇なんだよ〜…」 甘えた口調の言葉に、さらに体が熱くなる。 なんだこれ…なんなんだよ。これじゃ、俺が先生を…。 そこまで考えて、彼はブンブンと頭を振って考えを吹き飛ばす。 「…分かったよ。彼女もいないさみしー先生のために付き合ってやるよ」 からかい口調で言ったのにも関わらず、先生は目を輝かせて顔をバッとあげた。 「本当!?」 「…………」 コクリ、と小さく頷いて、嬉しそうに笑う先生を見つめてみる。 (ヤバいな…) 目の前にいる男が、妙に可愛く見えてしまう。…ていうか可愛い…。 俺は先生が好きなんだろうか? 先生は俺をどういう風に思ってるんだろうか? そう考え出すと、もう止まらない。 彼は先生と休日を過ごす決心を下した。 「で?どこ行くの?」 適当に店で話をしたあと、二人は街をぶらぶらと歩いていた。行くあてもなく、並んで歩くだけ。 それだけなのに、彼は内心満更でもなく…。 「どこ行きたい?」 「遊園地」 とんでもない提案を出してしまっていた。 遊園地なんて、子供じみた場所…本当は行きたいなんて思ってなかった。 でも、先生となら楽しいかもなんて思っていた矢先、ついつい口走ってしまったのだ。予想どおり、先生は笑いだす。 不覚にもそんなことを言ってしまった自分が恥ずかしくて、彼はすねたようにうつ向いた。 でも、先生が笑うのは別に嫌じゃない。 「ぷっ…ククク、わ、悪い。意外だったから…ちょっ、止まんねぇ」 でも、さすがにここまで笑われると腹がたった。 「悪かったな。意外で」 皮肉じみたセリフを吐き、笑う先生の前を歩く。 ゆったりとした足取りで前を歩く彼になんとか追い付いた先生は、謝罪に意も込め、ポンポンと彼の頭を撫でる。 「じゃ、行こうか?」 「へ…?どこに?」 「遊園地」 楽しそうに笑う先生を見つめ、彼もまたつられて笑ってしまっていた。 ――――…。 二人は、時間を忘れてしまうほどに遊園地で楽しんでいた。彼も途中までは、男二人で遊園地…と回りの目を気にしていたが、そんな考えは先生と過ごしているうちになくなっていて……彼は少しずつ先生への気持ちを理解していた。 (あぁ…そっか…) 好きなんだと気付いた。 むしろ、なんで今まで気付かなかったんだろうと疑問にさえ思った。 先生が他の人と話しているのを見て嫌な気持ちになるなんて…嫉妬しかない。 嫉妬なんて、好きなヤツにしかしない。 彼は初めて、人を好きになるということを知った。 「あぁ〜っ!つっかれた…」 大きく腕を上に伸ばして背伸びする先生を見ながら彼は微笑む。 男とか、学校の担任だとか…関係ない。 「先生…」 「ん〜?」 「アレ…乗ろう?」 なんてベタな乗り物を選ぶんだろう、と自分でも思う。でも、気持ちを伝えるのには、アレが一番いいと思った。 彼が指差したのは、観覧車。 すでに夕陽がオレンジにあたりを染めている。今辺りが一番、景色がいいだろう…。 「ゆ、揺らすなよ?」 少し固い表情でそう呟いた先生に彼は尋ねる。 「……怖いの?」 「こ、怖くねぇよ!!ゆ、揺らしたりしたら…ゴンドラが落ちるじゃねぇか…」 その言葉に彼は思わず笑ってしまっていた。 「あっははは、落ちるわけないじゃん」 「う、うるさいな!!行くならとっとと行くぞ!!」 グイッ、と手を引っ張られて俺たちは観覧車乗り場へと歩きだした。 繋がれた手が、心地好い。 「一周約15分となります。ごゆるりとお楽しみ下さい」 スタッフがゴンドラの扉を開けて、俺は先に乗り込み先生の手を引いた。 まだ若干抵抗気味の先生をからかい、何とか乗せることに成功。 扉が閉められ、そこは密室となる。 「…揺らすなよ?」 「するわけないじゃん。そんな子供じみたこと」 「高校生は十分餓鬼だよ」 「じゃ先生はおっさんか」 「待て。そこはオッサンじゃなくて大人って言うべきだろ」 「ははは…」 そんなたわいもない話をしながらも、観覧車は止まることなく頂上へと近付いていく。ゆっくりゆっくりと進むその速度がまどろっこしくて、俺はちょっと焦っていた。 ――頂上までいったら告白する。 そう心に決めていたから…。 別にそんなすぐに気持ちを伝える必要はない。時期を待って告白すれば、まだ可能性があるのかもしれない。 でも、こんなチャンス…きっと二度とないよ。 思ったとおり、眺めは最高だった。 夕陽が水平線のむこうがわへと沈む光景が綺麗で、俺たちは黙ってそれを眺めている。街並みは夕陽に染められ、歩く人々の陰を長くしていた。 俺はそんな光景を眺めながら、心の準備をする。 いままで告白なんてしたことなかったから、なんて言えばいいのか分からないけど、とにかく気持ちを伝えればいいと思った。結果がどうであれ、伝えればそれでいいと思っていた。 彼は心の中でテンカウントを始める。 (10、9、8、7…) そのカウントがちょうど0になろうとして、彼は心を決めて口を開く。 (0…) 「せん…」 「なぁ…」 しかし、ちょうど言葉が重なってしまい少し気まずい空気が流れてしまう。しかし先生のほうはそんなことも気にした様子も見せず、言葉を続けた。 「なんで…昨日はキス、してきたんだ?」 「っ………」 まっすぐに見つめられて、すぐに言葉を出せないでいる彼はただただ、真剣な表情の先生を見つめていた。 「ねぇ、なんで?」 「―――……」 小さい声はゴンドラの中だけに響いた。 彼と先生は見つめあう。 そして、まるでそれが自然なことのように二人の陰が…重なった。 ――好きだから…。 その言葉に先生は驚いた様子も見せず、唇を合わせてくる彼を受け入れる。 永遠のような、一瞬のキス。 それは、二人の始まりだった。 「…知ってたの?」 近距離で尋ねる彼を見つめ、その頬を両手で触れ先生は小さく呟いた。 「だから今日、誘ったんだよ…」 「そっか」 彼は嬉しそうに微笑んだ。 先生もまた、幸せそうに笑みを浮かべる。 「告白の返事、いる?」 そう尋ねられ、彼は少し悩んだ末、首を横に振った。 「俺も…知ってるから」 再び唇が重なり、夕陽が彼らを照らすように少しの光を当てながら、ゆっくりと沈んでいった。 名残惜しそうに、唇は離れて彼は先生の手を握る。 「好きだよ、先生」 その言葉に、先生はフッと笑い彼の耳元で囁いた。 ――知ってるよ、ばーか…。 ◇ 先生 side◇ 『好きだよ、先生…』 それを聞いたとき、俺はやっぱコイツ餓鬼だな〜なんて思っていた。 餓鬼じゃなきゃ、ここまでストレートに言えないだろう?俺は言えない。てか言わない。 この想いに気付いたのはつい昨日…。 今目の前にいる餓鬼にいきなりキスされて、でも不思議と嫌な感じはしなくて…むしろ安心していた自分がいた。 唇を合わせた瞬間に、心が安らぐような、そんな気持ちにさせた。 認めるのは嫌だった。 なんで俺がこいつに? どこにただの生徒を好きになる要素がある? 学校では、適度に生徒たちとは距離を保っていた。 それは、無駄に深入りしないため。 自分の中に足を踏み入れられたくないから…。 でも、こいつだけは…。 他のヤツらとは何かが違ったんだ。 気付けば、やらなくてもいいプリントを渡していた。そして、終わるのを楽しみに待っている自分がいた。 下校時刻を過ぎても尚、まだ残っているかも分からない、ただの生徒を待っていた。 別に、特に目立つようなことをする生徒でもないし、特別かっこいいというわけでもない。 でも、俺はいつのまにか、こいつの笑顔に魅せられていた。 授業中でも、休み時間でさえも、無意識にヤツを目でおっていた。 楽しそうに友達と遊ぶ姿が俺には眩しくて、もしかしたら憧れという感情もあったのかもしれない。 でも、確かに俺はこの馬鹿に惹かれていたんだ。 「知ってるよ、ばーか…」 馬鹿だな。 俺みたいなヤツを好きになるなんて…。 真っ直ぐに想いを告げてくるなんて…。 でも、そんな馬鹿に惹かれてしまった俺も…相当な大馬鹿者らしい――…。
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