プロローグ

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身内の『死』というものを、受け入れるには余りにも突然で、そうせざるを得ないのに、受け入れられないという葛藤が手に取るようにわかる。 しばらくその場にとどまり、思い思いに患者さんとの別れをしていただいていると、息子さんが「早く父さんを家に連れて帰ってあげよう」と言い、その場にいた全員の視線が私に集まった。 息子さんの視線を受けて、私は一歩前に踏み出した。 「では確認させていただきます」 気管内挿管と人工呼吸器の接続を外すと、看護師が人工呼吸器をスタンバイ状態にしてくれる。 自発呼吸がない事を確認し、次に聴診器を胸部に当て、心音の消失、瞳孔に光を当て反射がない事を確認する。 ただの儀式のように思えるかもしれない。 でもこれは私にとっても本当にこれでいいのかと自分に問う時間でもあった。 次の言葉を言った瞬間に、この患者さんの生を止める事になるからだ。 「私の時計で…午前二時二十四分、死亡を確認いたしました」 言葉と共に頭を下げると、ご家族の嗚咽が再び部屋の中に舞った。 この瞬間が何よりも辛く自分が呟いた言葉が責任となって重くのしかかる。 命を救えなかった悔しさと、申し訳なさと、そんな感情を持ちながら、でも患者さんが歩んできた月日に敬意を払う。 そうすることで、私は自分で自分を救っているのだと思う。
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