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「帰ってください! 私には何も話すことはありません」
そう怒鳴るように言い放つ母の向こうには、男性にしては小柄な男性が立っていた。ブラックにシルバーのストライプが入ったスーツに身を包み、少し白髪の混じった黒髪を後ろへ流している。年齢的には母と同じくらいか、少し上のようだ。
「お願いします。朱里さんにも有紗さんにも、大変辛い思いをさせてしまったことはいくらお詫びしても足りないことは承知しています。でも、どうか兄に会ってやってくれませんか」
間に口を挟ませない為なのか、その男性はやや早口で言いきった。
「兄……?」
「有紗、何も聞かなくていいから。私はあの人をいないものとして生きてきたんです。今更なんだというんですか」
「憎んだままでも結構です。罵ってやってもいいんです。それでも、どうか会ってやってくださいませんか」
悲痛な面持ちでそう告げ、その男性は深く深く頭を下げた。憎んだままでもいいから会ってほしいなんて、普通なら有り得ないことのような気がする。
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