9.三日目②

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 飲み干してあったパックジュースをゴミ箱に入れ、僕は待合室を出た。エレベーターで1階まで降り、正面玄関から外へと踏み出す。  自動扉が開いた途端、胸の中に熱い空気が流れ込んでくる。 「ほんと蒸し暑いなあ」  地面からのぼりくるむわりとした熱気が、汗を噴き出させる。じりじりと肌を焼く陽射しは正午頃よりはやわらいだものの、体力を奪うには充分だった。  早朝から家で勉強をし昼すぎの面会時間に合わせ病院へ向かい、ICUの面会終了時刻まで待合コーナーで過ごす。それがここ数週間のお決まりコースだ。  バスの停留所前に置かれたベンチに座った僕は、体に張りついたTシャツを引き剥がす。裾を持ってパタパタあおいでも熱い空気が送り込まれるだけで、少しも涼しくならない。日陰になっているだけましだけれど、もうすぐ夕方になるというのにうだるような暑さだ。今日もまた熱帯夜になるんだろう。  停留所に止まったバスから人が降りてきて、バラバラと散っていく。明らかに病院へ向かう人もいれば、別の場所へ向かう人もいる。それをなんとなく見送っていると、最後に降りてきた少女が僕の座っているベンチの端に座った。いくつか年下だろうその女の子は僕の視線に気づいたのかこっちを向く。目が合った瞬間そらされるかなと思ったけれど、彼女は何度か瞬きをしただけでそのまま僕を見ていた。  普段だったら何も話しかけなかったと思う。でもなぜか僕はその女の子に「こんにちは」と話しかけた。  女の子は話しかけられるとは思っていなかったのか驚いたように目を見開いたあと、返事の代わりにかにこりと微笑んだ。 「君もお見舞いに来たの? 僕は今、母さんがここに入院しているんだ。もう助からないかもしれなくて」  彼女は相槌を打ったりもしないが、ベンチからいなくなることもなく、じっと僕の話を聞いている。
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