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「うん、なかった」
「清瀬さんは東野君の」
「カジくん! まだ? 紗名待ってるよ!」
視線に気づいたのか、清瀬さんが大きな声で僕に向かって手を振る。
「ごめん、今行くから」
小倉さんがびくっと体を震わせる。
「ごめんね、清瀬さんは……何だった?」
明らかにおびえた様子の小倉さんは「何でもない」とうつむいたまま言って、立ち上がる。
「変なこと言ってひきとめてごめんね。私、塾があるから帰る。浅田さんが傷つくと嫌だから少しだけ気にしておいて」
「あ、うん。ありがとう」
「またね、鹿嶋くん」
それだけ言うと、僕の返事も待たずに小倉さんはカバンを掴み、清瀬さんを避けるように反対側のドアから出て行ってしまう。
彼女の抱えている傷も、紗名と同じようにきっと深いんだろう。
あんなに自信なさげにしている小倉さんは初めて見た。
彼女の後ろ姿を見送りながら、僕も立ち上がって教室を出た。
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