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ナイフを祭壇に戻し携帯電話を手に取ると、力の抜けた膝からがくりと床に落ちてしまう。どくどくと脈を打つ左手だけが酷く熱く感じられ、体や頭は震える程に冷たくなっていた。
震えからか親指が上手く動かず、ボイスメモが開かない。
焦っても仕方がないと携帯電話を持った手を下ろし、体の力を抜いて祭壇の上に立てかけたバンヤンジュの絵をじっと見つめた。
別名【絞め殺しの木】、宿主である他の植物や岩を巻きこむように成長していくバンヤンジュは、時に寺院や仏像を取り込むように巻きつき締め上げていく。その姿は神秘的であり、また恐ろしくもある。
この絵に描かれている宿主は寺院でもなく仏像でもない―――何人もの人間達だ。
逃れようとしたのか、木の隙間から苦悶に満ちた表情で手を伸ばしたまま絶命しているように見える。
無数に切り刻まれた傷口からは、止まることなく赤い血が伝い落ちていく。それはまるで、手首に巻きついた絞め殺しの木のようだ。自分もすでにこの木の中に取り込まれ始めているのかもしれない。
朦朧とし始めた頭を振り、もう一度ボイスメモを開く。
今度はなんとか開くことができた。
あと少しだけ、意識を保たなくちゃ……。
震える指に力を込め録音ボタンを押す。マイクを口元に近付け、私は話し出した。
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