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「こんな所で寝ていると、風邪を引くぞ。それに制服くらい着替えないか」
石でも詰め込まれたように頭が重い。
部屋の明かりに目を細めながら体を起こすと、スーツの上着を脱ぎながら父さんがリビングに入って来た。
「あれ……珍しく早いんだ」
「早いもんか、一体いつから寝ていたんだ。もう11時だぞ」
腕時計を外してダイニングテーブルに置き、冷蔵庫からビールを取り出す。その眉間にはいつものように深い皺が刻まれている。
「もう、そんな時間なんだ。着替えてくるよ」
父さんは返事もせずテーブルに座って、家政婦の金子さんが作り置きしていった夕食をそのまま食べ始める。
温め直しくらいしたらいいのにと思うけれど、ずっとなんでも母さんに任せきりだったから電子レンジ一つ使うのすら億劫に感じるようだ。
どうせ上手いとも不味いとも言わずただ食べるだけなのだから、どちらでもいいのかもしれないけれど。
それは母さんがいたあの頃と何も変わらない。ありがとうやおいしいなどの一言もなく、ただ黙々と食べるだけの父さん。その帰りをいつもずっと待っていて、帰って来ると甲斐甲斐しく世話を焼こうとする母さん。
二人を見ていると、僕はいつも苛立ちを感じた。文句の一つも言わない母さんにも、少しも優しくしない父さんにも。
普段なら何も言わずに部屋に入るのに、今日は顔を見た瞬間なんだかほっとしてつい話しかけてしまった。どうせろくな返事はこないのに。
自分の部屋に入りドアフックにブレザーを掛けると、大きな皺が入っていた。手で皺を伸ばしてみたけれど、アイロンでも掛けない限り取れそうにない。諦めてポケットに入りっぱなしだった、スマートフォンを取り出す。
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