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もしかしたら祐ちゃんからウィスクラが届いているかもしれない。そう思って、自分宛ての新着クラウドをざっとチェックしてみたけれど、祐ちゃんからは何も届いていなかった。
「祐ちゃん、どうしたんだろう……」
呟いた自分の言葉になんだか不安になる。いつもなら決まってこの時間には来ているはずなのに。やはり何かあったんだろうか。
頭の中に浮かんだ嫌な記憶を慌てて追い出す。まさかそんなことあるはずがない。そう思うのに、心の中の不安はどんどん膨らんでいく。
母さんが倒れたときも紗名が嫌がらせされていたときも、僕が気づいていれば何かが変わっていたかもしれない。もう二度と母さんのときのような後悔はしたくなかった。
部屋から出てリビングに戻るともう父さんはいなかった。寝てしまったらしい。
温め終えた料理のラップを外そうとめくった瞬間、あまりの熱さに「あちっ!」と声が出た。
――彗太、そういうのを温めるときは、ラップの端を少しめくっておくのよ。蒸気でも火傷するんだから気をつけなさい。
そう言う母さんの声が聞こえてくるような気がして、少しそのまま待ってみる。しかし、もちろん何も聞こえはしない。
金子さんはいつもぴっちりとラップをかけていく。それに健康的な食事を用意しておいてくれる。何も不満なんてない。たかだかラップのかけ方にセンチメンタルな気分になるなんて、今日はどうやら疲れているらしい。
時々母さんの作る料理が恋しくなる時がある。不格好なハンバーグや、揚がりすぎた俵型のコロッケ……あまり料理上手だとは言えなかったけれど、煮物だけはどこで食べるよりもおいしかった。
――「お前の作る煮物は好きだ」ってお父さんが昔言ってくれたの。
そう嬉しそうに話す母さんに少し呆れた。もう父さんはきっとそんなこと忘れているだろうし、どうせ作ったって何も言わないのに、なんでそんな嬉しそうにできるんだろうと。
でも本当は違うのかもしれない。食の細い父さんは何を作っても少しずつ食べ残す。でも、母さんの作る煮物だけはいつも全部食べていた。父さんはただ煮物が好きなだけだと思っていたけれど、今日も金子さんの作った煮物にはほとんど手をつけていない。
僕が気づかなかっただけで、二人がちゃんと通じ合っていたならいい。母さんが寂しさを抱えたまま死んでいったとは思いたくないから。
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