6.二日目⑤

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 その後のことはあまり覚えていない。  ただ、紗名が僕を落ち着かせながら救急車を呼び、父さんに連絡を取る間、僕がただ母さんの手を握って呼びかけることしかできずにいたこと。それから、病院に運ばれた母さんを診た医師から、急性心筋梗塞を起こし、心臓の太い血管が詰まってしまったんだと説明を受けたことは覚えている。  緊急蘇生処置を受けている間、僕は待合コーナーで電源を切ったままのスマートフォンを握りしめながら、やけに明るく感じる窓の外を見ていた。  綺麗な待合室がなんだか現実味がなくて、僕はICUと書かれた案内板を何度も見直しては、昨日母さんを病院につれて行かなかったことを後悔し続けていた。  しばらくすると父さんが来て母さんがどういう状態なのかを詳しく説明してくれたけれど、あまり頭に入らなくてただ頷くだけの僕に父さんは無言で紙コップに入った珈琲を手渡した。でも珈琲が飲めない僕はそれに口をつけただけで、そのままテーブルの上に置いたそれをじっと見ていた。  僕らはこんな時も上手く会話ができない。 「容態が安定したらさらに外科的手術が必要になる。しかし、あまり良い状態とは言えない体力が持つかわからない」  小刻みに震える父さんの手が母さんの状態を物語っているように思え、僕はそれ以上何も訊くことができないまま、珈琲から目を逸らしてまた窓の外を見ることにした。
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