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「おーい、お前ら。時間、過ぎてるぞ」
二階の窓から、体育教師が声をかけてきた。
本城くんは私に視線を残したまま、声だけで返事をした。
「今、戻りまーす」
行こう、と言って本城くんは私の腕を掴み歩き出した。
中庭から廊下に入っただけで全然温度が違う。
ひんやりして気持ちが良い。
階段の下まで来て、本城くんは立ち止まった。
腕は掴んだままだった。
「なんか…ごめんね」
本城くんが謝ることなんかじゃないのに、本城くんは何度もごめんね、と言った。
本城くんがごめんねと言う度、私に彼を傷つけている実感が湧いてきた。
それなのに、私は、どうしたらいいのか分からなかった。
私がこんな風になってしまった原因はわかっている。
城崎先輩が原因だった。
城崎先輩は私の2つ上で、華やかな印象の人だった。
入学式から多くの女子たちは城崎先輩に注目し始めていて、私も例外ではなかった。
それでも、本当になんとなく、という程度だったのが、城崎先輩は1年の中に好きな子がいるらしいという噂が出回った。
ほとんどの女子が、3組の西岡沙知だと言った。
彼女は中1でも充分垢抜けていて、別格で美人だったから。
そして、それがどうやら違うらしいという噂が出て、それからすぐ、佐藤ひなただという噂がながれたのだ。
驚愕したのは私自身だった。
まさかのまさか。
先輩との接点なんか何もない。
人違いだと胸を張って言い切った。
そして、その翌日。夏休み前の終業式。
私は先輩の友達に訳がわからないまま呼び出された。
言われた通りに3年教室に入ると、城崎先輩がいた。
「お前、好きなやつとかいるの?」
考えてみれば、私は城崎先輩の声を聞くのもその時が始めてだった。
要するに、私は彼について何も知らない。
「オレと付き合わない?」
少し早口で、城崎先輩はそう言った。
どうして私なの?
私はとうとうそれを聞けずに、黙ってうなづいた。
目立たない自分みたいなのが、誰かに見初めらて愛される単純なストーリーを夢見ていた。
その主人公に突然抜擢されたのだ。
私は舞い上がった。
本当に、バカみたいにはしゃいだ。
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