第一部 三

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 お前がもっとも嫌う人間は誰かと問われたら、まず目の前で椅子に座っている者の名をあげるだろう。この男は、人間と呼ぶにはあまりに倫理観に欠けている。なぜこの男と週末に会わなくてはいけないのか。久しぶりに、レアールたちと遠出でもしたかったというのに。 「最後にお前と会ったのは……八年前だったかな?」 「五年前だ。大好きな戦争がなくなって呆けたか? 博士」 「なら“正常”だな。人といつ会ったかをいちいち記憶するほど、私の脳に余裕はない。“ここ”に詰まっているのは、技術と知識、そして好奇心だけだ」  ジェラルド博士――イーリス軍事研究部部門総括。色素が抜け白くなった短い髪と、骨ばった身体からは衰えを隠せていないものの、背筋はしっかりと伸びている目の前の男は、我が国きっての科学者であり、軍事技術研究チームの第一人者だ。彼と彼のチームの研究によって軍事技術に多大な進歩が見られ、その結果ガリムに打ち勝ったと言っても過言ではない。 「このタイミングで呼び出されたということは――」 「ああ。“家族会議”を行おうと思ってな」  昔の戦争で両親を亡くした俺は、博士に引き取られた。ほかにも多くの子供たちがおり、彼の家はまるで小さな保育園のようだったのをよく覚えている。その中でも当時の俺は最年長で、周りの子からすれば兄のような存在。博士は子供の世話の大半を部下にやらせていたが――暇があれば子供を抱いたり、みんなの前で絵本を読んだり――自身も積極的だった。 「“父親”と“長男”しかいないが?」 「ふたり揃えば十分だ」  博士は構わず続ける。 「知っての通り、昨今我が国を賑わせている一連の騒動には、家内の者が関わっている。ラーヴィの件はもう知っているな?」 「もちろん。あれだけ目立てばな」  人々の先頭に立ち、テレビに堂々を映っていた男・ラーヴィ。以前から自己顕示欲と上昇志向がやたらと強い奴だった。メディアに出演できてさぞかしご満悦だろう。 「まさかあんなに目立とうとするとは……自分の立場をわかっていないようだな」 「親父の教育が悪かったに違いない」 「痛いところを突いてくる」  博士は苦笑いをしつつ答える。 「お陰で関係者から今回の件の対応や見通しについて質問攻めだよ。これでは研究もままならない。」
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