第一部 三

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 博士は公私混同をしない。招かれた彼の家には研究に関わる書物や機材は一切置かれておらず、必要最低限の家具があるだけ。今座っている椅子のほかには、テーブルや椅子に食器棚、それに古今東西の書籍が納められた本棚が目に付く。一言で言うなら、普通だ。  彼にとって家はただの休憩所に過ぎず、必要な分だけ休息をとるとすぐに国の研究施設に向かう。過去には、体調を崩しても体を這うようにして研究に打ち込む姿がしばしば見られた。なにかに憑かれたように研究を行う彼を見ていると、人間が持つ三大欲求の存在を忘れそうになる。 「まあ、暴れてくれないと、それはそれで困るんだがね」  彼に鋭い目線を向けられ、思わず俺はしかめっ面になる。 「お前たちは、戦争にこそ存在意義を見出すように造られているんだ。この十年にまったく戦いがなかったのだから、この情勢に嫌気が差して、今度は自分から争いの火種を求めるなんて暴挙は、十分想定できた」  ふざけたこと言う。 「なぜ、早期に対策をとらなかった? 革命戦争が終わった時点で彼らを帰郷させず、警察にでも配属させればよかっただろう」 強い口調で博士に問う。 「私は研究者だ。故に、つねに新鮮な出来事を求めているんだよ。だから、兵器であるお前たちが、大多数の人間にとって当たり前の日常に溶け込むことで、いったいどのような反応を起こすのか。それが知りたかった。お前は例外だったが、ほかの者は密偵を使って監視し、データを取らせてもらった」 「相変わらず大した情熱だ。執念と言うべきか」  この男は好奇心に体を乗っ取られている。だが、博士にとってはどうでもいいことなのだろう。ただ、自分の欲求を満たせさえすれば。 「報告によれば、中には死にかけていた子もいた。我が子が死の危機に瀕していると知ったときは、なにもできずにただ見守ることしかできなかったせいか、心配で夜も眠れなかったよ。介入してしまえば、研究の意味がなくなってしまうからな」  椅子から立ち上がって周りを歩きながら、まるで演説をするかのように抑揚のある、かつ張りのある声で彼は語る。  戦場は、俺たちにとっての日常だった。戦いに明け暮れた者たちがいきなり一般人の日常になじめるわけがない。水と油は交わらないのだ。彼らの苦労が目に浮かぶ。
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