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「今はまだ実用段階ではないんだが、離れた場所の情報を瞬時にやり取り可能な技術も研究中だ。無線やテレビでは到底不可能だった膨大な量のデータでもすぐさま知ることができる。密偵はお役御免になるだろうな。私が生きているうちになんとしてでも完成させてみせる」
段々と眉間に力が集まっている。おそらく険しい形相なのだろう。博士の目には恐怖の色こそ見えないが、辺りを歩きつつ話しているあいだも、しきりにこちらを見てくる。けんか腰になるのは避けたかったが、戦友の扱いを聞いて、涼しい顔をしていられるわけがない。
ましてや、この男は、俺たちを生み出すため、犯罪や軍規違反を犯した者たちを秘密裏に回収し、計画実用化のための実験台にしていた。その数は四二二人にのぼっている。
「しかし、お前たちは自らの意志とはいえ、人道的とは口が裂けても言えないような計画の実験台になってくれた」
彼の口からは同情を誘うような言葉が出る。それがただの分析なのか謝罪なのか。
「あいつらは不安なんだ。このまま平和条約が締結されれば、行き場を完全に失うんじゃないかと。だから、今回の一件は、自らを安心させるためというのが一番の理由だと考えられる」
テーブルに座り直すと今度は顔を俯かせ、彼は言葉を紡ぐ。
「もう十分役目を果たしてくれたよ」
どこまでも自己中心的な男だ。
「遠回しな言い草はやめろ」
俺はさらに強い口調で彼を問い質す。
「俺に後始末をさせたいんだろう?」
その言葉を聞くと、博士はさっとこちらに向き直る。
「……もう生かしておく必要はないんだ。データは十分取れたからな。そうそう、実は、お前たちのデータをもとに改良方法を研究中なんだ。成功すれば間違いなく、人類の有史以来、最高の戦力を生み出せる。人であるが故に無限大の汎用性を持つ兵器の強化版だ。狭い路地ひとつに手間取り、近づかれれば役立たずの戦車など目ではない」
数々の軍事的な貢献の影響で博士はイーリスにとって重要な存在だった。だが、戦争のない今の世界では、それも過去の話。
「お古は用なしってわけか」
「大人は子供用の服を着ないだろう? それと同じことだ。人が成長に見合った物を買うように、時代ももまた、その時に合った物を欲している」
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