第一部 四

3/6
前へ
/73ページ
次へ
博士は続ける。 「ガリムは先の戦争で負けて以来、急速に軍備を整えている。イーリスを含め、周辺国はガリムと軍事力で倍近い差を付けられているんだ。その気になれば、人体実験によって生み出された兵器が再び自国を侵略しようとしていると叫んで、イーリスとの開戦の口実をつくるかもな」 「ガリム国内の世論はどうなってるんだ?」 「報復に出るべきだという急進派と、平和な方法をとるべきだという穏健派で二分されている。だが、ここ最近のガリムの急激な成長もあってか、急進派のほうが勢力を強めてきているようだ」  そんな状態で俺たちのことが大々的に報じられれば、再び戦争が始まる可能性が高いだろう。 「機密が漏洩してから間もなく、ガリム側からイーリスと極秘に会談を行いたいという打診があった。ウェントも私も想像していた通り、奴らはリークされた情報をネタに脅してきたんだ。お前を始めとする“ニムロデの子供たち五つ子”が人体実験の産物だということを公表されたくなければ、無条件で平和条約を締結し、かつお前たちを全員抹殺しろ、とな」 「なぜ俺なんだ?」 「お前はあいつらを知り尽くしている。十数人の部隊を送り込むくらいなら、お前ひとりのほうが効率がいいし、確実だ。最近の情勢を鑑みれば、大規模な戦力投入は避けたいしな」  戦友を手にかけるということがどれほどの苦痛になるか、少しでも想像できるはずだが、この男には無縁だった。自分の欲求を満たすためなら――研究を支援してくれる相手を除いて――あらゆる者を敵に回すだろう。 「お前のところの会社、確か国の耳と言ったか。もしこの提案を引き受けてもらえるなら、それなりの額を投資しようじゃないか」 「残念だが、うちの経営は順調だ」 「それは結構」  博士はあたかも断られることが前提だったと言わんばかりの自信たっぷりの表情で続ける。 「なら、お前の養子と、現在交際中の女性の安全を保障する。どうだ?」 「……脅しのつもりか?」 「まさか。お前たちの恐ろしさは私が一番よくわかっている」
/73ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加