第一部 五

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「その英雄様が退役することになったとき、どうしてお前も同じ選択をしたんだ?」  ≪五つ子≫は、革命戦争が終わると一時的な退役を命じられた。木の葉を隠すなら森の中というジェラルド博士の助言らしい。軍の最高機密であるが故に、厳重に警備するのではなく、人々の生活に溶け込ませるほうが敵に感づかれにくいと。自分の目的を達成するためには、あの男はテレビ番組の司会の如く饒舌になれる。  俺たちが待機すると言う情報は、無論伏せられていた。だが、戦争終結とともに、姿がまったく見えなくなると、退役を選択する兵士が増えていった。リックもそのひとりだった。戦力の縮小は、大国であるイーリスにとって痛手のはずだったが、現在に至るまでの平和な潮流が、それを許したのだ。 「刺激がない人生なんてつまらないだろ? お前たちといっしょに戦えることが俺の誇りだったんだ。子供みたいな理由だが、まるで英雄の一員になれたみたいでさ。きっとほかの奴も同じことを思っただろうよ」 「……ウェントもか」 「だろうな。あのまま行けば出世コース確実だったのに、もったいねえよなあ。でも、あいつも自分の意志で政治家の道に進んだわけだし、後悔はしてないだろう」  リックやウェントだけでない。誰もがリスクを承知のうえで、さまざまな生き方を実践している。ならば、俺は彼らに倣わなくてはならない。戦士が戦場から逃げるわけにはいかない。“革命を成し遂げた”俺たちの全身は血に染まっている。シャワーでも、湯を張った浴槽でも、降りしきる雨でも、決して洗い流すことはできない。  少しばかり流れる沈黙。意を決し、俺は重い口を開ける。 「リック。俺は、博士の提案を受ける」 「……んなことだろうと思ったよ」  髪をかきむしりながらリックは落胆した様子で答える。 「お前の選択なら否定はしねえよ。だが、これだけは言わせてもらう。お前は、死ぬための任務に盲目的に従事できるほど馬鹿なのか?」  リックは続ける。 「死の可能性が伴うだけならいい。俺たち軍人は毎日コイントスをして生きてるようなもんだからな。表なら生きて、裏なら死ぬ。だが、結果は自分の力である程度コントロールできる。だからみんなコインの表を出すために必死で戦ったんだ」 リックの口調がどんどん荒くなる。
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