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「ずいぶんと急なのね」
リックと話し合った日の翌朝。朝食の席で、俺はシオンとレアールのふたりに“出張”に行くことになったということを伝えた。これまでも急な仕事はあったので疑問に思われることはなかった。
「編集長から頼まれてね。悪いが、レアールのことは頼んだ。どれくらい留守にするかわからないから、リックにはうちに定期的に顔を出してくれるように言ってある。あいつがいれば、それなりには安全だろう」
「彼が来るならにぎやかになりそう」
「家族連れで来ることもあるかもな。そしたらパーティーでもやってくれるだろう」
「クルス州って、デモが激化してるところじゃん……。大丈夫なのかよ?」
「俺が元軍人だったってのは知ってるだろ? 自衛の手段くらい心得てるから心配ない。それに、そんな危険なところだからこそ、ジャーナリストという存在が必要になる。誰かが、この世に蔓延っている過酷な現実を伝えないといけないんだ」
レアールの不安を払拭するため、俺はそれらしい言い訳を口にした。この瞬間ほど、自分が記者であることに感謝したことはない。我ながら中々饒舌じょうぜつだ。
「それじゃあ、そろそろ行くよ。仕事仲間と待ち合わせしてるんだ」
俺は席を立ち、トレンチコートを羽織りつつ鞄を取る。
「……あなたなら心配ないと思うけど、気を付けてね」
「ああ」
シオンと抱擁を交わす。これが、おそらく最後になるだろう。
「親父――」
「俺がいないからって、怠けた日々を送るんじゃないぞ。シオンは基本的に甘いが、怒ると怖いしな」
「……わかった。本当、気を付けろよな」
「おう」
「帰ってきたら、また格闘術の稽古つけてくれよな」
レアールと拳同士を突き交わす。願掛けみたいなものだ。その後、家を出てしばらく歩いていると、博士の使いを名乗る者が車に乗ってやってきた。彼の車に乗り込み、博士の待つ中央公園へと向かう。
どんどん離れていく我が家を、俺はサイドミラーを通してしばらく見つめていた。
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