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突然の煙幕にガリム軍が狼狽えているのを逃さず、俺は煙の中を突っ切って、三十メートルほど前方にいた敵兵を対戦車ライフルで撃ち殺す。右と左の銃口から放たれた弾丸のうち片方は、ひとりの命を奪い取っても飽き足らず、そのまま後ろにいる兵士の心臓を抉った。反撃に出た敵の射撃をかわし、ときに弾きながら、俺は後方に鎮座していた戦車の操縦席に向かって発砲する。覗き穴へ吸い込まれた弾は、操縦手に当たり、血が穴からこぼれてきた。俺は手榴弾を隙間に押し込み、全速力でその場を離れる。爆発が内部の弾薬庫に引火し、戦車の砲塔を天高く吹き飛ばした。
ときを同じくして、後方から戦車による一斉砲撃が始まる。迷彩や草木、塗りたくった泥で隠し、実戦のときを待っていた戦車が動き出したのだ。戦車だ、と後方の味方たちが口々に話す。イーリス国産の戦車。その登場は、ガリムによる戦場の支配の終焉を表していた。
右に目をやると、ラーヴィが――敵戦車から拝借したのであろう――残骸となった戦車に隠れながら砲弾を撃ち出していた。車内からではない。弾の発射の起爆剤となる雷管を、銃剣の先で思い切り突いているのだ。砲身はないため、空中から放たれた砲弾は予測不能な軌道を描いて敵陣に着弾している。まるで巨大な散弾だ。
四人が戦っていることを確認し、俺は味方陣営の最前線にまで走って行った。塹壕に目をやると、イーリス兵の誰もが、黒色のマスクに覆われ、テンガロンハットを被っているという荒唐無稽な姿をした俺を見つめる。その表情は犯罪者や不審者を見るときのそれと酷似していたが、少しすると、兵士たちの表情から困惑が消えた。俺の戦闘服の胸にあるイーリス国旗の刺繍が施されたワッペンに気づいたのだろう。
俺は背中に持っていた、国旗を括り付けた鉄棒を取り出し、天高くかざした。兵士たちは雄弁家に鼓舞される民衆のごとく、突如現れた謎の援軍に歓声を上げる。味方の戦車の駆動音が響き、準備が整ったことを知った俺は、国旗を背中に戻すと、煙の中へと身を投じた。
――防戦一方だったイーリスが本格的な反撃に転じる。祖国が蹂躙される様を、なんども背を向けて見続けてきた兵士たちは、ずっと抱き続けてきた勝利への渇望に促されるがまま、ガリム軍と再び交戦を始めた。
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