第一部 九

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 俺が左肩を止血帯で縛っているあいだ、ラーヴィは残りの敵を片付けていた。俺は狙撃手に撃たれないよう腰を屈めながら周囲を見渡すが、すでに敵は全員魂の抜け殻となっている。どうやら、さきほど味方の血を顔面に浴びた通訳者の死体はないようだ。  銃撃戦になったのを聞きつけたのか、さきほどの戦車が猛烈な動物の鳴き声のようなエンジンを立てて走って来た。俺は再装填したリボルバーを狙撃手がいた場所に向けて発砲し、けん制しながらラーヴィの下へ飛ぶ。 「ラーヴィ!」  思わぬ救援を得たラーヴィは、安堵よりも意外そうな顔をして俺を見た。 「なんで来たんだ? ここは俺だけで十分だ」 「驕るなと言っただろうが! 大馬鹿野郎!」  怒鳴られて驚くラーヴィの腕を無理やり掴み、俺はその場から離れる。俺たちを視認した戦車は、窪地の手前で停止すると砲塔をこちらに向けてきた。俺は背中の対戦車ライフルを右手に持ち、窪地から戦車に向かって突っ込む。いくら砲弾が強力でも、射角がとれなければ当たるはずもない。俺はすれ違いざまに戦車の履帯を撃ち、続けて空いた穴に向かって銃剣を振るい完全に破壊する。腰に残っていたスモークグレネードを戦車の後方に投げて目くらましをし、ラーヴィを肩に担いでミディレルまで走った。  戦車を破壊するという手もあったが、少なくとも通訳者と狙撃手は生きていた。あのまま戦っていては、増援を呼ばれていたかもしれない。未知の戦力に飛び込むのは危険だ。そのことを理解していたのか、肩に担がれたラーヴィは、敵を背にしてもなにも言わなかった。  ミディレルに戻ったころには、雌雄は完全に決していた。塹壕から出たイーリス兵たちは、周囲を警戒こそしているが、殺気立った雰囲気はなく、リラックスしている。捕らわれたガリム兵たちは、監視の下、武装を解除されて一箇所に固まっていた。 「無事でよかったわ」  ルヴィアがこちらに歩いてきながら言った。 「このやんちゃなガキのせいでえらい目にあった」  俺は右肩に担いでいたラーヴィを下ろす。 「部隊は連携してこそ力を発揮する。だからこそ、単独行動は厳禁だ。やるにしても、必ず事前に知らせろ」 「……了解。お前が正しかったよ」  ラーヴィは言った。 「国旗をあの丘に立ててこよう」  
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