58人が本棚に入れています
本棚に追加
「この町は、人が消えるんだってな」
「何、それ」
ソファで綾乃を肩抱きしたままビールを口に運ぶ。
「コロナ好きね。また買っとかなきゃ」
亮介が綾乃を見る。
スポットの明かりを受けて煌めく瞳は、テーブルに転がっているシリコン製の目玉と同じだなと亮介は思った。
「昔話を一つ。私の叔父は8年前、ここから遠くない自宅のマンションで首を吊った。
離婚した直後だったから発作的なものじゃないかと言われた」
綾乃の左手が亮介の首をなぞる。
「その半年後、近所に住む大学生が失踪した。
親御さんは必死で探したけど、行方知れず。
その1年後、今度はその父親が駅向こうの川で溺死」
淡々と綾乃の口が言葉を綴る。
「私が知ってるのはこのくらい。暫くネットを騒がしてたからね」
亮介の持つ瓶をそっと奪い口に含む。
こぼれたビールが喉を伝って胸に落ちていく。
何となく綾乃の怒りを感じた亮介は話題を変えたくて
「明日の予定は?」
と聞いてみた。
綾乃にしても思いがけない問いだったのか、一瞬言葉に詰まる。
「……病院へ」
「どこか悪いのか」
「違う私じゃない。母が入院してるの、もう12年」
亮介が固まる番だった。
「遷延性意識障害。簡単に言うと植物状態」
午後から行くと聞いた亮介は、丁度午後から代休だからと送迎を買って出た。
綾乃は亮介の首に腕を巻付け耳元で「ありがとう」と囁いた。
最初のコメントを投稿しよう!