11人が本棚に入れています
本棚に追加
友人が絶賛するゼリーの素っ気ない味なんて、軽く凌駕してしまう甘い香り。僕の意識は友人の話しから遠退き、その香りに集中していってしまう。
それでも、渇きでくっついてしまいそうになる喉をゼリーなどで紛らわしながら、どうにか顔を覗かせようとする本能を抑え込んでいた。だけど、しばらく食事を摂っていなかった僕の飢えは、極限まで高まっていた。僕を惑わす甘い香りが、ただでさえ苦しい身体をさらに苦しめ、呼吸を乱していった。
喉を押さえ苦しむ僕に、「おい、大丈夫か」と、友人が手を差しのべてくる。一気に物理的な距離が縮まり、甘い香りがより強く鼻腔に届いた。
理性が飛ぶのは、本当にあっという間だった。
僕は友人の腕を掴み、自分の方に引き寄せると、一切の躊躇いもなく友人の首筋に牙を突き刺した。極度の空腹と体調不良による体力の低下のせいで、抑えが効かなくなっていたんだ。部屋に入ってきた母の悲鳴が聞こえても、その声が遠くに感じられるほど夢中で友人の血を飲み続けていた。母に身体を引っ張られ、視界に横たわり弱々しい呼吸を繰り返す友人の姿が映るまで、僕は自分がしていることを全く意識していなかった……。
発見がギリギリ間に合い、友人は命を取り留めた。そして、すぐに元気になった。幸いなことに吸血時の記憶も残ってはいなかった。
でも、その日以来、僕は友人に会うことはなかった。友人と顔を会わせることで、また彼の血を貪り飲んでしまうのではと、恐ろしくなり逃げ出したのだ。
僕は吸血鬼である自分が怖くなった。それまで単なる食事だと考えていた行為が、人間を殺せる行為でもあるのだと初めて知ってしまったから……。しかも、それが大切な友人に牙をたてるということで知ってしまった。それが、とても辛かった。
僕は友人から離れるために、引っ越しをしたいとお願いした。両親は僕の気持ちを汲んでくれ、その願いは叶った。けど、友人から逃げ出した僕は、血を飲むという行為も恐ろしく感じら逃げ出すようになっていった。
最初のコメントを投稿しよう!