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 佐川が読書か……。佐川は運動好きなタイプで、読書をするような印象はなかったな。けど、運動が得意なわりに部活にも入っていないし、もしかしたら読書をする姿の方が本当の佐川なのかもしれない。  知らなかった一面にちょっとした驚きを感じながら、僕は立ち上がる際に彼の手元を覗き込んでみた。本には難しそうな活字が並んでいる。 「佐川って、難しそうな本を読むんだね」 「なんだそれ。俺が本読むのって、おかしいか?」 「い、いや。そうじゃないよ。なんか、意外だなーって思って」 「意外かー。俺って、結構な読書家なんだぜー」  佐川は笑いながら、本のページを捲っていく。そんな佐川を背後から眺めていると、ふわりと甘い香りが鼻腔に届いた。少し長めの髪がかかる綺麗な首筋が、僕の中にある何かを呼び覚まそうと誘いかけてくる。ゴクリと唾を飲み、薄く開いた口がじわりと目の前の首筋に近づいていく。  だけど、あと少しというところで、僕は我に返り身を引いた。  佐川の香りは僕の内にある欲を掻き立てる。それが何を意味する香りかなんて、とっくに気づいていた。だからこそ必死に自分を抑え、耐えてきたんだ。それなのに、無駄な疲労のせいで喉の渇きが強まり、その抑制が利かなくなりそうになってしまった。そんな愚かな自分に、思い出したくない記憶が甦り、自己嫌悪に陥ってしまう。  このままここにいては、また自分を忘れるかもしれない。そう考え、僕は席を離れようとした。 「――いてっ」  フワッと濃く広がる甘い香り。振り返り見ると、痛そうに眉を歪めた佐川が右手の人差し指を口に咥えていた。 「イテテ。本で切っちまった」  口から指を離し、切ってしまった指先を眺める佐川。指先に血は見えないが、スッと通った細い傷口からは、奥に流れる赤い脈動から発せられる甘い香りが漂ってくる。
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