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私はわざと時間を遅らせて家を出た。学校に着いたのはいつもより15分ほど遅い時間。
学食に入り、トレイにクロワッサンとサラダ、オレンジジュースを載せてレジに向かう。列に並んでいると、いつもと同じタイミングであいつが入って来た。レジの出口のところですれ違う。
「お早う,四條さん」
「おはようございます」
声をかけて来たあいつに挨拶を返し、私はテーブルに向かった。横目で見ていると、あいつも朝食をトレイに載せて、斜め前の位置のテーブルに座った。いつもと同じパターン、こっちが気付いてないと思っているのかしら。
私はしばらく呼吸を整えてから、トレイを持って立ち上がった。あいつのテーブルに向かう。あいつはちらっと顔を上げて、あわてて目を伏せた。目を伏せたままパンを齧っているあいつの前に立つ。
「ここに座らせてもらってもいいかしら?」
私を見上げる顔に驚きとうれしさが交錯する。
「も、もちろん」
「じゃあ、お邪魔するわね」
あいつの正面に座った私は、両手の指を組んで肘をつき、目をまっすぐ見つめる。
「ひとつはっきりさせたいのだけど」
あいつの口がパンを咥えたまま動きを止めた。
「ここのところ毎朝、ここのレジの前ですれ違っているよね。もしかして私を待ち伏せしているのかしら?」
「そ、そんなことはないですよ。偶然……」
「でも、今日はいつもより15分遅く入って来たのにぴったりだったし、昨日は逆に10分早かったのにおんなじだったわよ」
「……」
「どうしても偶然と言い張るのであれば、それでもいいけど……」
一息置いて、姿勢をちょっと変えた。背筋をまっすぐにして両手をテーブルの上に重ね、伏し目がちにあいつを見つめる。そして真剣な口調で語りかけた。
「私は小さい頃から母に言われてきた言葉があるの。『いい女は、好きな人のついた嘘を一生に一つだけは真実だということにして受け入れてあげるものよ』ってね」
あいつは目を白黒させた。私の言葉の意味するものを懸命に考えているのだろう。
「あの、それは……?」
「さあ、どうするの? 『偶然会った』を押し通して、それを一生で一つだけの嘘にしてしまうの? 」
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