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この人が僕らを担任する先生らしかった。黒縁のメガネの奥の瞳が見えにくくて、どうにも表情が読みにくい。マッドサイエンティストそんなあだ名がいかにも似合いそうな風体だった。
先生はひと通り自分の紹介を終えると、口元だけで笑顔を作り、いかにも僕らに仲良くしてほしいかのように様々なイベントを仕掛けた。
隣の席の人と向かい合って、一分間ずつ自分の特徴を話し合ったりさせられた。
まるで四つ年が離れた兄がやっていた面接の練習のようだった。
僕は兄につき合わされていたためどんな事を言えば大体一分なのかが分かっていた。
分かってさえいれば、意外と何とかなるこの一分は、いきなりやらされた人には永遠にも似た一分らしかった。
僕と向かい合った瞬間、顔を真っ赤にして何も言えなかった男子は田島君というらしかった。それしか分からなかった。
吃音しか出てこず、名前すらわからなかった子にはさすがに同情した。
中には堂々と答えられる人も居て、まあ要するに、このやり取りを先生が仕向けてくれたおかげで、この時点である程度、クラス内ヒエラルキーの輪郭みたいなものがあらわになってしまった。
内向的な田島君と、あとから分かった吃音の子は柴田君というらしく、最下層に位置していた。
僕は彼らのおかげで何とかそこを免れた様な位置に居た。
特別面白いとも思えないような会話でうまく笑顔を取り繕ったり、話を長引かせるのが苦手なことが原因だと思った。
思ったけどそれを意識して治すのもストレスで、僕は特に自分を変えようとは思わなかった。
レベルが低い人間に合わせるのは本意じゃないからだった。
まるでみんな自分の役割を演じている様なクラスだった。
自分の持ち得るカード、特技を駆使して、いかに周囲に対して自分が無害であることを暗に主張できるかが最大の焦点だった。
このころには既に、僕は文芸部創立を諦めていた。
そんな冷え切ったクラスにアイ君はやって来た。
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