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質問の続きは、とうとう言い出せなかった。
出鼻を挫かれたというよりも、外に広がるありふれた日常の光景を目の当たりにしてしまうと、なんとなくこれ以上は言ってはいけない気がしたのだ。
憧れの喫茶店という、いつもとは少し違う空間から出てしまえば、きっと何事もなかったかのように、私達は普段通りの"ごく普通の垢抜けない学生"と"無愛想な家庭教師"という関係に戻るのだろう。
「どうかしましたか?」
開いたドアを支えながら先生が振り返る。
いつもの仏頂面だ。
「コーヒー、ご馳走様でした。有難うございます」
「どういたしまして」
「あの、いつかまた一緒に……いえ、なんでもありません」
「……そうですか」
――断られるかもしれない。
そんな臆病風に吹かれ、言葉を飲み込んだ私を、先生は僅かに見つめたけれど、それ以上の言及はしなかった。
それから私達は、簡単な挨拶をして別れたのだけれど、喫茶店での先生とのやりとり――特に、レジでの先生の発言や手の感触は、家に帰っても、どんなに日が経っても、ふとした拍子に妙に鮮烈に思い起こされて、その度にモヤモヤとした思いに頭を抱えるのだった。
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