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「先生、あの……」
「どうかなさいましたか?」
ウェイトレスが一礼して立ち去った後、読書中の先生に品物の確認をするべく呼び掛けた。
「先生、これがウィンナコーヒーですか?」
私のおかしな問い掛けを受けて、先生が視線を本から問題のカップに移す。
返されたのは、「そのようですね」とのそっけない一言。
カップの中の白い頂を目のあたりにしても、先生は平然としていた。
彼がこれを薦めたのだから、冷静なのはごもっともだけど、私の混乱は継続中だ。
「……ソーセージ付いてませんね」
たっぷり十秒間思案した末、やっと絞り出した言葉に、先生が無表情のまま静止した。
「ソーセージは付きません。ウィンナコーヒーですから」
至極当然、といった様子で告げる先生の目には、今の私はどう映っているのだろう?
("ウィンナ"って、一体なに?)
なんだろう?
十六年間生きてきて、こんな摩訶不思議な疑問に突き当たったのは初めてで、当惑する。
(ウィンナコーヒーって、ウインナーソーセージとは関係ないの?)
私が想像していたのは、コーヒーにソーセージを添えた軽食だった。
苦いコーヒーが不得手なら、と言って薦められたので、てっきり、ソーセージの味でコーヒーの苦味を紛らわせるのだろうと思い、大して疑いもしなかった。
だからこそ、想像を絶する物が現れて、混乱しているのだ。
コーヒーカップを前に首を傾げ、石のように固まる私の内心を悟ったのだろう。
再度、先生が口を開く。
「ウィンナコーヒー、つまり、"ウイーン風"コーヒーには、たっぷりのホイップクリームが載ります」
たったそれだけの、ごくシンプルな説明だが、私を納得させるには十分だった。
「ご理解いただけましたか」
「はい。教えていただき、ありがとうございます」
先生はなにやらこちらを険しい目で睨んでいる。
ひとり、わけのわからないことを口走っている私に、気分を害したのかもしれない。
けれど、こちらは自らの素っ頓狂な勘違いが露呈した羞恥から、先生の反応を気にしてはいられなかった。
しばらく、二人して黙り込んだ後、先生が先に口を開く。
「"ウインナー"ソーセージね」
短く呟いた直後、俯いた先生の肩が不自然に震える。
「予想はしていましたが、なんてベタな。ク、ククク……」
次第に声まで震えて、とうとう失笑した。
ひょっとして、少し前からしていた険しい目つきは、笑いを堪えていた為だったのかしら。
(『予想はしていた』って。……やられた)
勘の鋭い先生のことだ。きっと、コーヒーを薦めた時から、私の勘違いを察していたに違いない。
「私が、やってきた物を見て驚くの、わかっていたんですね」
人柄(ヒト)が悪い、と拗ねて頬を膨らませるが、先生は白々しく肩を竦めた。
「まさか。品物についてお尋ねにならないので、ご存知かと思っていました」
弁明も明け透けなのが、実に憎たらしい。
しかも、今の先生は実に楽しそうだ。
私は、余程からかい甲斐があるらしい。
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