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「……いただきます」  からかわれたことに拗ね、八つ当たり気味に、スプーンの先でクリームの山の麓を突く。  たっぷりのクリームの下には、先生の言う通り、コーヒーが入っていた。  まず、クリームだけ味見をしてみる。  見た目の迫力のわりに甘さは控えめで、濃厚なミルクのこくと風味を感じた。  鼻にクリームが付かないよう慎重に、カップに口を付けて傾ける。  一口目、乳脂肪の多いクリーム特有のなめらかな舌触りで、ミルクの濃いカフェオレみたい。  二口目、カップの角度を高く、吸う速度を速くしてみる。  コーヒーの苦味と酸味が舌に広がり、豊かな香りが口内から鼻へ抜けた。  三口目、カップを浅く傾ける。  クリームばかり口に入って、私には少ししつこく感じた。  今度はシュガーポットからひとつだけ角砂糖を取り、クリームの山をなるべく崩さないよう、カップの底をスプーンで掻き回す。  試しに飲んでみると、すっきりとした甘さで、丁度いい塩梅になった。  クリームも溶けて混ざったのか、コーヒーそのものもまろやかな口当たりになっている。 「いかがですか」  私が四口目を飲んで、味に納得したのを見て取ったらしい。先生がおもむろに尋ねてくる。 「とてもおいしいです。なんだか、凄く贅沢な気分」  口元を綻ばせると、先程までイタズラっ子のようにほくそ笑んでいた先生が、ふっと安堵の表情を見せる。 「お気に召したようで何よりです」  先生の表情と、驚く程の優しい声に、なんだか胸がドキドキした。 (そう言えば、出逢ったばかりの頃の先生にも、違う意味でドキドキしたな)  読書に戻った先生をこっそり見ながら、彼と初めて逢った日の事を思い出す。  家庭教師として家に訪れた彼に、私が最初に抱いた感情は"怯え"だった。  初めての家庭教師。しかも、日頃はまず話す機会のない、年の離れた男性が相手と聞き、人見知りから来る不安で、かなり緊張していたのだ。  そこに仏頂面で無愛想、険悪な目付きで睨みを利かせる男の人が現れて、怯えない人間が果たしているだろうか。 (先生、緊張してあの表情になったって言ってたけど、怖かったな)  その怖い顔も、慣れてしまえばあまり恐れることはなかった。 (緊張するのは、今も変わらないけど)  教師として、人として、私は先生を畏れている。
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