64人が本棚に入れています
本棚に追加
私の先生。
教師として厳格で、人としては無愛想。
決して崩す事のない慇懃な言葉遣いは、意図的に人との距離を置いているように感じられるし、実際、そうなのかもしれない。
端整な顔立ちと、険悪な眼差しも相俟って、なんだか取っ付きづらい人。
それが先生の、上辺だけの印象。
けれど、人というのは、関わるほどにわかることや変わっていくことがあって、先生に対してもそれは例外ではなかった。
確かに、先生は近寄り難い印象があるし、気難しい一面もある。
授業に対する姿勢は合理的で、一切の無駄を許さない。だから、先生と勉強以外の話ができるようになるまでには、随分と時間がかかった。
でも、気難しい反面、先生は常に人を気遣うことのできる、優しい人であることを私は知っている。
先生はいつだって、誠実な態度で私と向き合い、どんな小さな話も真摯に受け止めてくれた。
そんな風に自分の言葉にじっと耳を傾けてくれる人は、非常に貴重な存在だと私は思う。
だって、実の親でさえ、仕事や家事などに追われ、子どもの話をいつもきちんと聞くわけではないもの。
それに先生は、こうしてお茶に招いてくれる愛想もあるし、ウィンナコーヒーの一件からもわかる通り、意外に茶目っ気があり、表情も感情も豊かなのだ。
そう、先生は――
「先生は、不思議な方ですね」
先程、ウェイトレスに遮られた言葉を改めて伝える。
この発言を先生はどう捉えたのだろう。
彼の反応を見たかったのに、それは叶わなかった。丁度、私の背後の席で恰幅のいい男性が座ろうとしていて、それに気を取られたのだ。
後ろの男性は、とにかく大雑把だった。
こちらとの距離などお構いなしに、大きく椅子を引き、後方に倒れんばかりの勢いで、ドカリと座る。
その間、椅子を引く男性の手と、体重を受けて後方に傾いだ背もたれと肩が、私にぶつかった。
失敬、とおざなりに告げられたものの、また何かの弾みで当てられては堪らない。
椅子同士のゆとりを持たせる為に、私の椅子をテーブルに寄せる。
その時に先生を窺ったのだが、なにやらこちらを凝視して、物言いたげな様子だった。
「お席、代わりましょう」
改めて座り直したところで、一連の様子を見兼ねた先生が席を立とうとする。
「いえ、私なら大丈夫です。ありがとうございます」
ほんの些細な出来事なのだ。背後の男性との距離さえ置けば、後は気にすることもない。
そう思って先生を引き留めたが、彼の気遣いはとても嬉しかった。
(ほら、やっぱり先生は優しい)
最初のコメントを投稿しよう!