◆◇◆◇

5/5
前へ
/18ページ
次へ
 私の先生。  教師として厳格で、人としては無愛想。  決して崩す事のない慇懃な言葉遣いは、意図的に人との距離を置いているように感じられるし、実際、そうなのかもしれない。  端整な顔立ちと、険悪な眼差しも相俟って、なんだか取っ付きづらい人。  それが先生の、上辺だけの印象。  けれど、人というのは、関わるほどにわかることや変わっていくことがあって、先生に対してもそれは例外ではなかった。  確かに、先生は近寄り難い印象があるし、気難しい一面もある。  授業に対する姿勢は合理的で、一切の無駄を許さない。だから、先生と勉強以外の話ができるようになるまでには、随分と時間がかかった。  でも、気難しい反面、先生は常に人を気遣うことのできる、優しい人であることを私は知っている。  先生はいつだって、誠実な態度で私と向き合い、どんな小さな話も真摯に受け止めてくれた。  そんな風に自分の言葉にじっと耳を傾けてくれる人は、非常に貴重な存在だと私は思う。  だって、実の親でさえ、仕事や家事などに追われ、子どもの話をいつもきちんと聞くわけではないもの。  それに先生は、こうしてお茶に招いてくれる愛想もあるし、ウィンナコーヒーの一件からもわかる通り、意外に茶目っ気があり、表情も感情も豊かなのだ。  そう、先生は―― 「先生は、不思議な方ですね」  先程、ウェイトレスに遮られた言葉を改めて伝える。  この発言を先生はどう捉えたのだろう。  彼の反応を見たかったのに、それは叶わなかった。丁度、私の背後の席で恰幅のいい男性が座ろうとしていて、それに気を取られたのだ。  後ろの男性は、とにかく大雑把だった。  こちらとの距離などお構いなしに、大きく椅子を引き、後方に倒れんばかりの勢いで、ドカリと座る。  その間、椅子を引く男性の手と、体重を受けて後方に傾いだ背もたれと肩が、私にぶつかった。  失敬、とおざなりに告げられたものの、また何かの弾みで当てられては堪らない。  椅子同士のゆとりを持たせる為に、私の椅子をテーブルに寄せる。  その時に先生を窺ったのだが、なにやらこちらを凝視して、物言いたげな様子だった。 「お席、代わりましょう」  改めて座り直したところで、一連の様子を見兼ねた先生が席を立とうとする。 「いえ、私なら大丈夫です。ありがとうございます」  ほんの些細な出来事なのだ。背後の男性との距離さえ置けば、後は気にすることもない。  そう思って先生を引き留めたが、彼の気遣いはとても嬉しかった。 (ほら、やっぱり先生は優しい)
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

64人が本棚に入れています
本棚に追加