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◆◇◆◇
カップにまだ残っているコーヒーとクリームをスプーンで混ぜていると、先生が咳払いをひとつした。
「先程、仰ったことですが――」
読んでいた本は閉じられ、テーブルの隅に追いやられている。
どうやら、腰を据えて話すつもりのようだ。
「あなたは私のことを、不思議だと仰いました。その理由を具体的にお聞かせ願えますか?」
真顔で、殊更丁寧な言い回しである。
先生の様子に不穏な空気を感じて、思わず姿勢を正す。
(そうだ、後ろに気を取られて、話が中途半端なままだった)
自分はつい数分前、さも意味深長な発言を呈示していたのを失念していた。
"不思議"という言葉は、良し悪しがなんとも曖昧で、捉えようによっては誤解を招きかねない。
この言葉を使う際は、話し方に注意が必要なのに、話が宙に浮いたまま放置してしまった。
まずは、素直に頭を下げて詫びる。
「すみません。話を放ったらかすなんて、不躾な真似をしてしまいました」
気を悪くしただろうか、と先生を窺うが、憤っているようには見えなかった。
「途中で邪魔が入ってしまいましたから、仕方がありませんよ。なに、気分を害したわけではなくて、『不思議』と言われたことに、純粋に興味がありまして」
――宜しければ、その意味をお聞かせ願えますか?
先生に改まって頼まれ、恐縮する。
ええと……と口籠り、慎重に話す内容を選んだ。
「先生は音楽なら、流行のものよりも、洋楽がお好きなんですよね」
「……ええ、まあ」
先程、ジャズを聴くと言った先生に、好みの曲を確認すると、藪から棒なこの問い掛けに彼は怪訝な顔をした。
それでも律儀に頷いて答えてくれたので、ひとまず安心する。
「他の評価に、どうにも関心を抱けないので。私にとって流行とは所詮、無用かつ不要なものでしかないのです」
"流行=他の評価"として、先生はそれをなんの臆面もなく打ち捨ててしまう。
(流行のひとつやふたつを知っていたら、話の種くらいの役には立つだろうに)
先生だって、それくらいのことはきっとわかっている筈だ。
それでも、自身が"否"と判じたものは潔いまでに断絶するその英断が、彼特有の人を寄せ付けない雰囲気へと繋がるのかもしれない。
たまに、彼を人として、どこか危うく感じるのだけれど、反面、その英断が小気味良くて、好ましいとさえ思えるのだから、『不思議』なのだ。
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