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「私が"オトナ"かどうか、そして、どうしてあなたがそこに思い至ったかの経緯はともかくとして。私はね、あまり寛容ではないのです」  カウンターで会計を待つ間、先生はこっそりと呟いて、私の頭を軽く撫でる。先程、紫煙が触れた側だ。 「たとえ故意ではなくても、野郎の吐息の混じった紫煙を"大切なひと"に浴びせられる様をただ黙って見ていられるほど、私は暢気でもないし、そんな余裕もない。そんな私を立派なオトナであると、あなたは本当にお思いになりますか? 私に言わせれば、こんなのガキとそう変わりませんよ」  そう告げて苦笑する先生を見ると、何故だか胸が締めつけられるように苦しくなった。 「……煙草の煙から庇ってくださって、ありがとうございます」  先の先生の問いには、軽く首を横に振って答えたけれど、その後に続く気の利いた言葉が咄嗟に浮かばなくて、ただお礼を言うだけで精一杯だ。  いつもはポーカーフェイスの彼が、今は少し困ったように眉を顰め、伏し目がちに微笑んでいる。 (先生、こんな顔するんだ)  ――オトナは皆、こんな顔するのかな?  頭に触れた先生の、乾いた薄い手の感触がなんとなく思い起こされる。  両親のする、私を強く包み込むような撫で方とは全然違う、壊れものを扱うような優しい触れ方だった。  ――先生って、オトナのオトコノヒトなんだ。  当然の事なのに、今更になって気が付いた。  先生は、"オトナ"だった。  "オトコノヒト"だった。  この喫茶店に入るまでは、知ってはいても、わかりはしなかった。  ここを出ても、きっと、このことは忘れられないのだろう。  ――どうしよう。わたし、先生のことが……。  ふと、脳裏に閃いた言葉に動揺し、続きを断ち切った。  なんとなく、今、それを自覚するのは尚早だと判断したのだ。 (そういえば、先生はさっき、なんて言いかけたんだろう)  紫煙が漂う直前に、不思議な表情で私を見ていた先生が言いかけた言葉の続きが気になった。 「先生、さっき――」  キイ……  こちらの言葉を遮るように、古くて重い木製の扉が軋み、外の眩い日差しが扉の隙間から差し込んだ。
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