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「あの、先生、ここに呼んでくださって、本当にありがとうございます」  複雑な気持ちはひとまず置いて、先生にお礼を言う。  感謝の気持ちを表したくて、丁寧に頭を下げると、先生は数度まばたきをしてから、不思議そうに首を傾げた。 「喜色満面から一転、顔を真っ赤にさせたかと思えば落ち込んで、今度は大仰に感謝とは。一体全体、どうなさったのですか?」  私の一連の百面相を見れば、先生が戸惑うのも仕方がない。  先程、自分自身に感じた失意を誤魔化すように微笑んで、実は――と話を切り出した。 「このお店、以前からとても気になっていたんですが、学生の私には高嶺の花というか……似合わない気がして、いつも外から窺うことしかできなかったんです。だから、今、ここにいられるのがとても嬉しくて」  ――でも、やっぱり、私がここに来るのは、まだ早かったみたい。  そこまで言うと、先生はやっと合点がいったらしく、ふうん、と気のない声を漏らして、辺りを見渡す。 「別に、学生の入店は不自然ではないと思いますよ」  実際、この店には親に連れられた幼い子供からお年寄りまで、幅広い年齢層の客が利用しているようですし、と先生が説明する。  中には、私と同年代の子も堂々と来るのだとか。 「あなたはスクエアなんですかねえ。真面目なのは、大いに結構かとは思いますが」  何やら含みのある言い方をした先生は、その先を言わないまま、台詞の結びとしてコーヒーを飲んだ。 「真面目……かなあ?」  自覚はないけれど、ひょっとして自分で思う以上に堅物なのだろうか。 (確かに、偶にだけど、色々考え過ぎて窮屈になることもあるかも)  この喫茶店に関しても、似つかわしいかとか、周囲の目を気にして、複雑に考え過ぎていた。 (もうちょっと、自分の気持ちに素直になってもいいのかな)  俯いて、自分の性格について思い悩んでいると、突然、目の前に文字列が現れた。  先生がメニューを開いて差し出したのだ。 「思うことは多々あるのでしょうが、ここにいること自体は嬉しいのでしょう? それならば、難しいことは後回しにして、まずは楽しみなさい」  そう言って、口角を片方だけつり上げる。  きっと、本人は微笑んでいるつもりなのかもしれないが、お世辞にも親しみがわくような朗らかなものには見えない。  けれども、百面相に羞恥したり、真面目と言われて思案する私の気を楽にしようとしているのはわかる。  その気持ちがとても嬉しかった。
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