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はじまり_02 現実
翌日、早速森の探索に踏み出すことにした。
まずは洋館の周辺をぐるりと一周。
中からでは分からなかったが、外から見ると洋館が年季の入った建物である事がよく分かる。
屋根の紅はすっかりと落ちて茶色に変色し、洋館の壁には亀裂が幾つも入っている。
(築何年だろう?)
四十年は最低でも経っていそうだ。
しかし、今回の目的はそれでは無い。
一周してみたは良いものの、雑草ばかり生えていて、これといったモノは何も見つからなかった。
昨日何だかんだと食料探しを断念したが為に、空腹も限界に近かった。
「お腹空いた……」
キュルキュル音を立てるお腹が恨めしいやら。
結局その後も範囲を広めながら探索するも、生物に出会うことも無く、洋館の近辺を見尽くしてしまう。
「もっと範囲を広めないと駄目か……」
不安は尽きないけれど、仕方ない。ここまでくれば、と腹を括った。
よし、と小さく拳を握ると、探索を再開する。
(早くしないと日が落ちる)
頭上から照らす光は、知らない場所であっても心強い。しかし、既に傾き始めた太陽は日暮れまでそう長くない事を知らせている。
焦燥感に駆られるように早足で進んでいく。
そしていつの前にか、奥まで入り込み過ぎている事を知らないまま進み続けた。
気が付けば、鬱蒼とした高い木々が光を遮り、随分と薄暗い場所まで来てしまっていた。
「……ちょっと奥まで来過ぎたかな」
流石に戻ろう、と足を止めた時である。
それがどこからとも無く響いてきたのは。
獣の、それは記憶の中にある、狼に近い呻き声だった。
(…………狼?!)
咄嗟に身を隠す場所を探す。
だが、木が生い茂るばかりの森は身を隠すのに向きそうにない。狼なら鼻も効くだろう。木の後ろに隠れたところで意味をなすとは思えなかった。
木の上に登ることも頭に過ぎる。しかし凹凸の少ないつるつるの木肌に、この小さな身体では手が枝まで届かず。そして自分は木登りが得意ではないのだ。登りきるのは厳しいだろう。
となるとこの場を走り抜けるしかなくなる。
だが、追い払うための武器も何も無く。だいたい、足の速さに自信はない。むしろ遅い方だと胸を張れる。そんなことでは、逃げ切れるとは到底思えなかった。
ああ、つまるところ。絶体絶命。その言葉に尽きるのだ。
ぶん、と思考を振り払うと、来た道を戻ろうと走り出した。
直ぐにその背後から遠吠えが響いて、より恐怖を現実の物とさせる。
(このまま、食べられる……?)
今まで感じ事もないような、純粋な死への恐怖。
我知らず冷や汗が湧き出るのを感じた。
追い掛けてくる気配はもうすぐそこまで迫っている。
獲物を捕らえようとする、捕食者の気配が。
「あっ……!」
フラフラと危うげに走っていた為か、足を段差に引っ掛けてしまい、そのまま地面に転がるように倒れ付してしまった。
「っ……」
起き上がろうと顔を上げ、痛みで顔を顰めながら、開いた瞳に大きな狼のような獣が映る。
だがそれは、見たことも無い、人の二十倍はあろう巨体をしているのである。
こんな生物は、日本には、前の世界では存在しなかった。
獲物を見つけて歓喜する瞳は赤い光を揺らめかせ。獰猛な顔は歪に歪み。涎を地面に垂らしながら笑うように高くゥウウウゥウと鳴き声を洩らす。
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