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夕日に伸びた大きな影が、その身体をより大きく見せた。
「……ま、もの……?」
魔物。魔物
数多くの漫画、ゲーム、小説等で登場するファンタジーの世界において必要不可欠な存在。大半は人に害を為すものとして書かれ、冒険者や主人公に討伐される運命を持っている。魔物の種類により特長は違うものの、ほとんどが並の獣より凶暴でかつ強靭な肉体をしていた。そしてなりより彼らは人をーー喰らう。
凡そ最も最悪なシチュエーションで。此処がよく知る世界とはかけ離れた所なのだと直面することになった。
(怖い……)
常人では太刀打ちできないような化け物が目の前に居る。
それを理解した己の心臓が、バクバクと五月蝿く音を立てた。
狼の姿を模した魔物が近付いてくる。わざとらしくのしのしと音を立てて。
(怖い…………)
恐怖のまま硬直するしか出来なかった。そんな自分を魔物は見下ろした。ギラギラとした赤い瞳に見つめられると身体は呼吸を忘れたように、息を止めた。
(嫌だ……!)
魔物は××に食らいつこうと大きな口を開けた。楽しむようにゆっくりと。
(嫌だ…………!!)
ぐっと目を閉じる。
後退るように地面を這わせた手に、コツン、と何かが当たった。
それは、下に落ちていた木の枝。思考する間もなくずらりと並んだ鋭い牙が、目の前まで迫る。
「っ……死にたくない!!」
肺の空気を全て吐き出すように、絞り出した叫びは心の奥底の本音だったに違いない。
身体が死を拒否して。咄嗟に魔物に向かって木の枝を振り払っていた。
ぐちゃり、と。湿ったような音と共に血を吹き出したのは、--魔物の方だった。
「え……」
何が起きたのか分からず、魔物のことを凝視した。よく見ればその頭部を抉るように、深い傷が出来ている。
手に持った枝から血が流れ落ちた。地面を赤く染めるように広がっていくのを見て呟く。
「……私………?」
思考停止した××は、意味もなく乾いた笑い声をあげるのだった。
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