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無心で回し続け。いい加減疲れて来た頃、もくもくと煙を吐き出した枝から、ようやく火種が生まれた。慌ててそれを大きめの葉に移し、着火剤の中に入れて火を灯す。
このままでは消えてしまうで、着火剤の上に爪楊枝くらいの太さの枝をギュッと束ねて置いて、その上に更にもう少し太い枝を斜めに立てかけていって屋根のようにする。
後は様子を見て薪を足して行けば良かったはずだ。
無感動に眺めている内、初めはとても頼りなかった灯火が、徐々に小枝を飲み込むように大きく燃え上がる。
ただぼんやりと見ていた。
暖かい。特に寒さを感じていたわけでは無いが、ぬくぬくとするのに丁度いい温度である。
「ふー、ぬくい……」
思わず手を出してぬくぬくと焚火を堪能するも、直ぐにやるべき事を思い出す。
「その前に、肉焼かないとね。あんまり暖かいからついダラダラしちまったぜ……」
よいしょとおっさんのような事を呟きつつ、重い腰を上げた。空気の通り道を塞がないように気をつけて、平らな石を焚き火の左右に積み上げて台にする。
石台の上に網を乗せれば簡易焚火の完成であるが……。あまり気は進まない。というのも、この金属製の網はキッチンに放置されていたもので、かなり汚れていたのを落ちるところまで洗い流したのである。
他に使えるものが無いのだから、此処は我慢するしかないが、やはりいい気分はしない。野宿するよりはマシなのだろうと分かってはいるけれど。
(どうしようもないことを考えてても仕方ない)
とにかく。今は目の前の肉を焼くことが最優先なのだ。些細なことはこの際気にしない事にして。
「ではお待ちかねのお肉を焼きますかね」
ふへへ、なんて変な笑い声を漏らしながら、先程ブロック型に切った肉を網に置並べる。
「薪を足して、と。いつ焼けるかな」
ポイッと薪を追加して、と肉の焼ける音を聞きながら、今か今かと焼けるのを待つ。だんだん肉の焼ける匂いが漂ってきて涎が垂れてしまいそうだ。自分の鼻が食べ物の匂いにひくひくと反応している。お腹が空いてどうにかなりそうで、お腹をさすった。
なんとか食欲に対抗することわずか数分程度、いい感じに表面が焦げてきたのを見計らって一塊掴み取る。もう火傷するとか熱すぎて食べれないとか、そもそも塩すらなくまんま食べても美味しくないだろう事ととか、そんなこと頭からはすっぽり抜け落ちていた。
がぶり。齧りつく。肉汁がぶわっと溢れて口の中に広がった。
「美味い……」
少し獣臭い嫌いはあるけれど、それどころかちょっと血抜きが甘くて血なまぐさいかもしれないけれど、美味しいと感じた。
「く、ふふ。やっぱ最初はこんなもんだよね」
気の抜けたように笑う。この森に来てからというもの、信じ難い事が起きすぎていまいち現実味が無い夢の中に居るような、そんな感覚だった。
だが、こうして素人なりに焚火をし、肉を焼いて食べてみて、ようやくここが現実なのだと実感出来た気がしたのである。
前の世界とは比ぶべくもない程何もかも違う世界で、たった一人放り出された。分からない事だらけで、どうしていいかも分からなかった。死にそうになったりもした。
--けれど。この先も何とか生きていけるかもしれない。困難な出来事にぶつかっても、今日みたいにどうとでもなるだろうと。焼けた肉を見てそう思った。
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