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「美味しかったね」 「うん」  今日は本当にありがとう、と付け加えると、理沙は「いいって」と目を細める。星の光が散らばる夜空の下、彼女はどこか小さく、儚く見えた。 「料理は美味しかったし、サービスは良かったし、あそこ当たりだったな」 「中原さんの友達のお蔭だね」 「一つ不満があるとすれば、お酒が少し足りなかったことかな」  そう言ってこちらを向く。食事の後にもう一軒寄ったのだが、そういう意味でないことぐらいは分かる。僕も--年齢相応の経験は、一応積んでいた。 「……うちで、飲み直す?」 「ん」という小さい返事だけが聞こえた。  翌日、僕は一日中そわそわしながら過ごしていた。何度も同じ入力ミスをして、会議用の資料作成は一向に進まなかったが、そんなことも気にならないほど上の空でいた。上司に苦い顔をされつつも定時を数時間過ぎ、僕は急いで荷物をかき集めて会社を飛び出す。家までの道のりがひどく遠かった。  昨日の翌日ということはつまり、僕の誕生日の翌日だった。  --僕はずっと、誕生日が嫌で仕方なかった。  誕生日当日の夜は--いや、その日の朝から、いやもっと、数日前から、心は口にするのは少し恥ずかしい期待に弾んでいたものだった。何といっても誕生日なのだから、母が美味しい料理を、父がホールのケーキを、そして二人が誕生日プレゼントを用意してくれて、その日一日は僕が主役でいられるのだ。嬉しくないはずがない。僕は誕生日が大好きだった。  嫌いだったのは、夜、全てを部屋へ置き去りにして、布団の中で目を瞑(つむ)る時のあの感じだった。目を瞑ってしまえば次の瞬間には朝陽が射していて、もう〝僕の誕生日〟ではなくなってしまっている。母も父も兄弟も、誰もが日常の顔に戻って「おはよう」を言う。  僕一人の心だけが昨日に取り残されているような、その寂しさが僕は嫌で仕方なかった。  だけど、とマンションの階段を踏みしめる。相変わらず切れたままの蛍光灯も今日は目に入らない。  誕生日の次の日は、もう苦痛ではなくなっていた。  
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