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日の出はまだ、もう少し先。
少なくともそれまでの間、早朝の町はほぼ無人の空間でいてくれる。
住宅街を抜け、緩く長い坂道を下り大通りへ。
そのまま五百メートルも直進すると、町で一番広い交差点へと到着しそこを左折した。
そうして、更に十五分ほども走ると、外灯が点在する視界の先に大きな橋とそれに隣接するように広がる広大な海原が飛び込んでくる。
幸子は大橋のちょうど真ん中で足を止め、まだ黒いタールのような海面をぼんやりと眺める。
これもまた、幸子の日課だった。
春夏秋冬、いつもこの時間帯にこの場所を訪れ、五分ほどの間波の音に耳を澄ませるのだ。
夏場は散歩に出歩く老人や自分と同じようにランニングをする者の姿が目立つけれども、この季節ともなればそういう輩は身を潜めてしまい滅多なことでは現れない。
完全に――と言っても車や歩行者が通ることもたまにはあるが――孤独を楽しめる安らかな時間。
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