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酔っ払い亭主の子、タム・キャリーは、英雄ごっこと同じか、それ以上に、王子様ごっこも大好きだった。
働かない大酒のみの父親からの暴力を”日課”とする、貧しい家のタムにとって、空想を巡らせて、現実とは違う世界に心を通わせることは、惨めな気持ちに身を沈めないための知恵でもあった。
ある日、いつものように空想世界にログインしたタムは、フラフラと歩いているうちに、いつの間にか城の前まで来てしまった。
「あ!」
タムの視線の先に、ある人物の姿が映った。
そびえ立つ大きな城門の奥に、なんと王子様が立っていたのだ。
思わず門前まで駆け寄るタム。、
「本物だ! 本物の王子様がいてるー」
うっとりとした表情で見入り、更に近づく。
と、その時、大きな声がしてタムは我に返った。
「こら、貧乏ったれ! あっちへ行け。いいか、ここはお前のような、小汚い子供が来る場所ではないわ!」
門兵は憎々しい表情を露わにして、肩をいからせながらタムの目前に立つと、その太い腕で勢いよく突き飛ばした。
「あひゃ!」
その様子に王子様が気づいた。
すぐさま尻餅をつき門兵を見上げているタムのもとへとかけよった。
「マシュー、乱暴はいけないよ。まだ子供じゃないか」
拳を握り締め追撃を加えようとしている門兵を、王子様はやんわり戒めた。
タムは信じられない思いで、そのお姿を見上げていた。自分が尻餅をついて座り込んでいることすら忘れて、こんなことを思っていた。
「門兵を名前で呼ぶなんて、変わった王子様だなァ」と。
一方、王子様も、この貧しい格好をした少年が、どういうわけだか初対面のような気がしない。
見るからに小汚い格好をした、半ば乞食のような出で立ちの少年など、王子様の知り合いにいるはずがないのだが、それが返って親近感を”こじらせる”奇妙な要因になってしまった。
「さぁ、私の手に掴まりなさい。少年」
タムの頬がポッとい真っ赤に染まった。
差し出された王子様の手は、白魚(しらうお)のように真っ白で、片や自分の手は、日に焼け薄汚れていた。王子様の手を握った瞬間、垢がボロボロ剥がれて、汚してしまうんじゃないかと、恥ずかしくなったのだ。
「おおぉ、少年。すまなかった。どこか怪我をしたのか? マシュー! お前! 一体この少年に──」
なんとお優しい王子様だろう。
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