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タムは王子様の声に、被せるようにして言った。
「なんでもないです! ちょっと驚いてしまっただけなんです」
と言って、立ち上がろうとした。
その手を王子様はしっかりと握り締め、助け起こしてやった。
タムの心は一瞬で”きゅん”となった。
その様子を見ていた門兵は、事の成り行きに一抹の不安を感じずにはおれなかったが。案の定とも言うべきか、悪い予感は得てして当たるものだ。
世間知らずな王子様は、このどこの馬の骨とも分からぬタムを、なんと! 城の中へ案内すると言い出したのだから、たまったものいではない。すぐさま異を唱えた。
「なにを言われるのです。そんなことがバレたら、私が、王様から罰を受けることになります。どうか! そのような者を城へ入れるなど──」
門兵が言い終わらないうちに、王子様はポケットから銀貨を一枚取り出した。
「マシュー、お願いだよ。これで目を瞑ってくれないか」
そのお金は、王子様の教育係謙お友達の、マリ・ラッテン・マイヤーズから、参考書を買うためにと今朝渡された銀貨であった。
本来であればそのようなお金を受け取るマシューではなかったが、城の花形、門兵という激務に追われつい魔が差したのだ。それは王子様も知るところであった。
「これで早く病院へ行き、V.D.の治療に専念してくれ」と言って王子様がウインクすると、門兵は顔を真紅に染めた。
「はい……。王子様」
門兵は自分の行いを、ただただ恥じていたのだ。
「では、参りましょう」
王子様に手を引かれて、タムは夢心地の中を歩いた。
二人が連れ立って城へ入る姿は、まるで────王子様と乞食である。
だが王子様はそんな風には思わなかった。
しかしタムは違った。心の中で必死に自分を戒めていたのだ。
”勘違いしてはダメ! 王子様はきっと、薄汚い人間を珍しがってるだけ……”と。
「ここが私の部屋だよ。狭いけど、まぁ気楽にして。自分の部屋だと思って」
こんな清潔で、しかも広々として! 信じられない!
ピカピカに磨かれた床は、まるで鏡のようだ! 思わず溜め息が出た。
が、しかし。次の瞬間、そこに映った自分の姿はやっぱり薄汚い──と悲しくなってしまった。
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