十六年目の朝

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1  窓から差し込む星明かりが、夜の闇に溶けてしまいそうな木の小屋を柔らかく包み込んでいる。開け放たれた窓の向こう側では、ひとりの少女が短い髪を風に遊ばせていた。 「レイミ、違うよそうじゃない」  凛とした声を発して少女がアンティークチェアから立ち上がる。淡い光に青白く照らされていた頬に影が落ちた。しんとした狭い小屋の中では、軋む床の音に混ざる微かな溜め息さえも耳につく。  レイミと呼ばれた少女は、暗闇では表情が見えないであろうと高を括っているのか、眉間に深い皺を作っている。無造作に束ねられた長い髪をなびかせてそっぽ向くが、光を湛えたヴァイオレットの瞳に後頭部を射抜かれて、やがて肩を竦めた。 「わたしはリッカみたいに何でもできるわけじゃないもん」子供のような言い草に、またひとつ溜め息が落ちる。 「私だって、初めから何だって出来たわけじゃない。でもね、出来るようになるって思いながらやらないと、永遠に出来るようにはならないんだ」そう言ってあっさりと跳ね除けると、細い指先にぽっと橙の炎を灯す。  暗闇の中仄かに揺らめくそれが、リッカの頬に温かな色を差す。レイミはおずおずと振り返り、明るくも冷たい不思議な光を恨めしそうに見遣った。
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