余命100

4/13
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
 果たして、少女は沈黙した。  その反応は少女病室居住二日目の俺には察することが出来ない。  少女は腕枕を解き、両手をベッドに当て、崩れてきていた体勢を正す。  途中、しきりに病院服の前身頃を押え、俺を睨む。  警戒心ばりばりだ。とても先輩の器量ではない。  年頃の女の子とはそういうものなのだろうか。  親戚近所、家族にも彼女ほどの歳の女の子はいない。  知り合いにだっていない。知り合いの子供ならこれぐらいの歳の子はいると思うが、俺の知ったことじゃない。  とにかく、俺とは三回りほど歳の離れた女の子と話したのはおそらくこれが初めてだ。  そんな少女が、入院生活。  入院理由となる箇所が見当たらない。  身体面でも、多分精神面でも。  素人目ではそう見えるだけで、実は体内に爆弾を抱えているのか。  素人目ではそう感じるだけで、実は傍若無人ぶりは病気の影響なのか。  少女を扱ううえでも素人の俺では、入院理由を本人から聞くしかないようだ。 「ねぇ、おじさん」  沈黙を自ら破ったと思うと、出てきたのは俺の渾名。 「そういえばおじさんの名前、わたし知らないんだった。後輩の名前は知っとかなきゃだし、教えてよ。先輩として、過去のことは水に流すからさ」  沈黙の間に興奮が沈静したのだろうか、声色が穏やかになり、眉間に皺が寄っていた表情も朗らかになっている。  本質は変わってないのな、と突っ込みたくなるが、少女よりも人生においては先輩だから大人しくすることにした。  何事にも動じないのが、理想の上司なのではないだろうか。  しかし、堅くなりすぎるのも華がない。一興交えることで一驚させることが出来る。  しかも相手は年端もいかない女の子だ。自己紹介に多少のスパイスは必要不可欠。  小学時代の担任も冗句で受けを狙っていた。  なかなか面白かった記憶がある。  俺は担任の受け売りの冗句を、少女を当時の俺に重ねて披露することにした。  前振りに、一つ咳をして緊張を解した。 「おいどんは西郷隆盛でごわす。よろしくでごわす」  声を野太くし、胸を張りながら、交互に張り手の動作をとった。  そして、やってみて思い出した当時のエピソード。  確かに俺は笑った。大笑いだった。  しかし、俺以外の笑い声を思い出せないのだ。  つまり、あの冗句は俺だけが面白かったというわけだ。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!