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「うぐっ」
呻き声を上げ、武者は右足を押さえた。
「ご覧の通りだ。暴れ馬を止めようとして、このざまよ。足の骨を折ってしまったようだ」
「足の骨を?」
「拙者はナスノヨイチという者。この戦場に兄ジュウロウがいる。大変申し訳ないが、兄の元へに連れて行ってもらえないかの」
ヨイチはそれだけ言うと、眼を閉じ、頭を垂れた。
「もし。しっかりなされ!」
ベンケイが声をかけるが、反応はない。
「いけない。気を失ってしまわれた」
「えっ。ヨイチ? ナスノヨイチ?」
眉間に皺を寄せるベンケイの横で、カイソンが顎に手を当てた。
「はて。どこかで聞いたことのある名だ」
首をかしげるカイソンに構わず、ベンケイがヨイチを負ぶった時である。
三人の背後で、大きな歓声が沸き起こった。
ベンケイとカイソンは、同時に振り向いた。
「ありゃあ、何だ」
「何のつもりだ」
「女じゃないか」
「武器は、持ってないな」
源氏の軍勢の武者たちが、口々に叫びながら海の方を指差している。
ベンケイはヨイチを負ぶったまま、平家の軍船がひしめく海上を見やった。
源氏の武者達が注目したのは、一艘の小舟だった。
それは、大きな軍船が並ぶ隙間から漕ぎ出し、静かに海上を進んでいる。
小舟は、真紅。
その上に、赤い影が揺らめいていた。
赤い頭巾に赤い小袖。赤い帯に赤い下駄の鼻緒。
「まさか、あれは」
カイソンが呻いた。
「あ…赤ずくめ?」
ベンケイが声を上げた。
舟に乗った赤ずくめは、右手を肩の高さまで上げた。
同乗していた船頭がこれに応じて、漕ぐ手を止める。
小舟は平家軍と源氏軍の中間辺りで停止した。
ベンケイとカイソンが立つ陸地から、赤ずくめの頭巾の額の部分に縫い込まれた平家の揚羽蝶の家紋がぼんやりと見える。
並んで立つ二人の肩に右手と左手を掛け、ぬっと顔を出した男がいた。烏帽子を被り白糸縅の鎧を身に着けている。
「ヨシツネか。あれ、何だと思う」
ヨシツネと呼ばれた男は、黙ったままカイソンの肩に置いていた右手を離し、前方の赤ずくめを指差した。
赤ずくめは、足元から、細長い物を拾った。
棒のような物の先端に、何かが取り付けられている。
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