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真紅の扇である。
扇を取り付けた棒は、赤ずくめの身長の倍ほどの長さがある。
赤ずくめは微笑を浮かべながら、両手で棒を支え、頭上にかざした扇を前後に揺らし始めた。
その姿は深い碧色の海の中で、赤い炎が燃えているように見える。
「ふん。分かったぞ。あの扇を矢一本で射抜いてみろっていう意味だな」
ヨシツネが言った。
「え? どういうことだ?」
「俺たちへの挑戦だよ」
「挑戦?」
カイソンがヨシツネに向き直った。
「源氏軍と平家軍の実際に武器を使った戦いでは、私たち源氏軍が優勢でしょ。でも、源氏軍は所詮力任せに平家に矢を放つだけの田舎者の集団。この扇を射落とすなんて技量はない。射落とせるものなら射落としてみろって、挑発してるんですよ」
ヨシツネに代わって、ベンケイが答えた。
「そういうことだ」
ヨシツネが応じた。
「あの小さな的を、この長い距離から、一発で射落とさなきゃ、俺たちは勝利者にふさわしい弓矢の腕前を持っていねえことになる。すなわちこっちの負けだ。この勝負に負けりゃあ、向こうは大いに意気が揚がり、こっちは意気消沈だ。今まで優勢だった戦いの流れが一気に不利になる。こりゃあエライことだぜ」
「なるほど」
カイソンが頷いた。
「そうなると、両軍注目の中で一発で、あの扇を射落とせるだけの腕を持つ奴を探さないとな…そんな奴、いるのか」
「ああ。心当たりはある」
ヨシツネが頷いた。
「ナスノヨイチ。利根川の川岸から、対岸の木に止まるクワガタを射落としたことがあるという伝説の男だ」
「えっ…。ナスノヨイチって」
カイソンが呻いた。
「知ってるのか」
「この人です。私の背中の…。足の骨を折って重傷です」
ベンケイが口をへの字に曲げた。
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