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「困ったことになったな。まさか、こんな時にナスノヨイチが重傷とは」
ヨシツネの陣屋で、カイソンが腕を組んだ。
「ええ」
ベンケイが眉間に皺を寄せる。
源氏の攻め手の大将、ヨシツネとカイソン、ベンケイは子供の頃からの同志だ。戦場で重大な出来事が起きると、こうして三人で密室に籠もり話し合う。
「誰か、ヨイチさんの代役が務まる方がいらっしゃるといいのですが」
ベンケイが言った。
ベンケイは、三人で話す時だけは顔を隠さない。透き通るような白い肌と、切れ長の眼。形のいい唇と艶やかな黒髪が匂い立つようだ。
主君であるヨシツネは、ベンケイのその美しさゆえに、愛人連れで戦をしていると誤解されるのを恐れ、あえて男装させていた。
「俺、何人か心当たりを当たってみたんだけどよ」
カイソンは視線を下に向けた。
「そこそこの弓矢の腕を持ってても、どいつもこいつも尻込みして引き受けてくれねえ。これまでの戦闘でどっか痛めてるとかなんとか言いやがって」
「まあ、無理もないんでしょうね」
ベンケイが応じた。
「あの扇の的。一発で確実に射落とすには小さすぎるし、非常に微妙な位置にいる。海岸からだとうまく狙えそうでもあれば、外しそうでもあるんですよね」
「だよな。あの赤ずくめ、多分それを計算し尽くしていやがる。出来そうな出来なさそうなギリギリのところで的を出してるんだ」
ベンケイが頷いた。
「そうなんです。だから狙う方としては非常にやりにくい。もしかしたら的を射落とせるかも知れない距離だから、やっぱり外せば恥になってしまいます」
「ああ」
「源氏の代表として、両軍注視の中で外したら大恥だ。そうなりゃ切腹は免れねえ。本人だけでなく、一族郎党、孫子の代まで恥ずかしい思いを抱えて生きていかなきゃならんことになりかねねえ」
「そうですよね」
ベンケイは視線を落とした。
「失敗したらご本人だけでなく一族までも巻き込むとなると、引き受け手がないのも無理ないですよ」
「だったらよ」
黙したまま眼を閉じ、腕を組んでいたヨシツネが口を開いた。
「だったらよ。いっそ考え方を変えて、扇の的を外してもこっちの恥にならねえような方法を取るしかねえな」
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