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「あ、あの……」
「どうかされました?」
「はい。診察室の中にマフィアみたいな人が……」
「マフィア?」
「言動がおかしくて危険な匂いがするんです。助けて下さい」
「どんな見た目でしたか?」
「ゴッドファーザーでしか見た事ないような、くどくて危険な見た目です」
誉がそう言うと、看護師が勢いよく噴き出した。口元を手で押さえて笑っている。そんなに面白いのだろうか。肩は小刻みに揺れ、目尻には薄っすらと涙が滲んでいる。
「それ、精神科のドクターですよ」
「ドクター?」
「龍門先生です」
「リュウ……モン?」
「そうです。みんなからは龍門先生とかドラゴン先生とか呼ばれてますけど」
「……はぁ」
あれが医者だと。本当なのだろうか……。全く信じられない。というか、信じたくない。
誉がその場でがっくりと肩を落とすと、看護師が慰めの声を掛けてきた。
「ちょっと変わった所のある先生ですけど、信頼のおける精神科医ですよ。腕は確かですから心配しないで。先生に何かされたんですか?」
「…………」
ちょっとどころか相当変わっている。挨拶もないまま突然、羽交い絞めにされて尻を触られたのだ。だがそれを訴える事はできなかった。男に尻を触られたんです、なんて言えるわけがない。これでは自分がおかしいみたいだ。誉は小さく首を振った。
「あなた今日から配属なのね。頑張って、新人君」
看護師は誉のピカピカのIDカードを見てそう言った。豪快に肩を叩かれる。誉は溜息しか出なかった。
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