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あの部屋に戻るのは気が引ける。けれど、これは仕事だ。誉は自分を奮い立たせると精神科の外来まで戻った。
「おかえりー。早かったね」
ドアを開けると男が目の前に立っていた。
「美尻のバンビでビジリアン、美尻庵? 今日からこの部屋の名前を変えようか」
「…………」
言葉が出ない。本当にどうしたらいいのだろう。こんな変態に対する対応が一つも思いつかない。対人スキルはそれなりにあるつもりだが、誉は視線を泳がせる事しかできなかった。
「そのケーシーよく似合うね。ズボンのサイズを一つ小さくして正解だった。尻の形がはっきりと分かる。ああ、そうか。今日から俺はこの至高の尻を毎日、眺められるのか。あー、生まれてよかった。幸せだー」
男は嬉しそうに天を仰いでいる。太陽の光を浴びて満足しているミーアキャットみたいだ。
「毎年、二百人の看護師が採用されるけど、男はいつも十名前後なんだよね。それも厳ついゴリラみたいな男ばっかり。今年は十二名いたんだけど、美少年は君一人だけだった」
「は?」
「だから、奥の手を使って引き抜かせてもらったよ。ICUなんてやめた方がいい。あそこは人使いが荒いし、意地悪なドクターがいつもいるし、看護師は気が強くてヤバいのばっかりだよ。苛められでもしたら大変だ。ここの外来は最高だよ。尿量や薬剤のチェックもない、面倒な体位変換も吸引も、口腔ケアも排泄ケアもない。ね、天国でしょう? ヘブンズゲート、いやいや、ようこそ、ドラゴンゲートへ!」
誉は絶句した。
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