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「こ、このきついズボンも今日の配属の転科も……全部、あなたの仕業だったんですか?」
「そうだよ」
男が仔犬のような目で見てくる。それっていけないの? という声が聞こえてきそうだった。
「DC(除細動器)や緊急カートを押すだけが人生じゃない。もっと豊かな看護師ライフを君に過ごしてもらいたくて」
男は頭に手を置いて、てへっと笑った。
――この野郎。
本気で殴ってやろうかと思った。
右手を握り締める。すんでの所で振り上げるのをやめた。
看護師になるまで三年も掛かった。誉は勤めていた医療機器メーカーを辞めてまで看護師になったのだ。会社に勤務しながらの受験勉強も、国家試験を一発でクリアするのも、本当に大変だった。実習先の病院で毎日怒鳴られ、レポートが山のように溜まり、それをこなすために徹夜が続いた時なんかは、泣き出しそうになるくらい辛かった。その日々をこの変態に一撃を喰らわす事でふいにするのは割が合わなさすぎる。誉は拳を握り締めながら怒りの衝動にぐっと耐えた。
――すぐに転属願いを出してやる。こんな所、今すぐ出て行ってやるからな。
そう心の中で呟いて男の目を睨み返した。
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