611人が本棚に入れています
本棚に追加
昼休み、龍門から声を掛けられた。
「ランチ、一緒に食べよう」
「……はい」
断る理由も見つからず、二人で並んでエレベーターに乗り、最上階に向かう。広陵台総合医療センターの六階には誰もが利用できるレストランがあった。比較的高い場所にあるためか景色がよく、大きな窓から街が一望できた。食券を買ってトレーを受け取る。誉はアジフライ定食にした。窓際の席に座る。すぐにパスタをトレーに乗せた龍門がやって来た。当たり前のように隣に座る。
「ちょっと……せめて前に座って下さいよ」
「次はそうするね。今日はここでいい」
反論するのも馬鹿馬鹿しく、誉はしたいようにさせた。龍門には常識が通用しない。この一週間で痛いほどそれが分かった。相手にするより受け流す方が早い。
いただきまーすと暢気な声が聞こえる。
誉はぼんやりと窓の外を眺めた。配属された日には満開だった桜の花が散り、緑色の葉をつけている。
「そうだ。バンビちゃんは新卒採用なんだね。他の病院で働いてからこっちに来たんだと思ってたけど、意外だなぁ。二十六歳に見えない。今年、二十七になるんだよね? 前は何してたの?」
当たり前だと言いそうになる。どう転んでも二十六の次は二十七だ。全く嫌になる。
「何って別に……普通のサラリーマンですよ」
「ふーん。そうなんだ」
男はパスタを器用に巻いている。フォークを持った手は大きく、動かすたびにヤクザ仕様の時計がキラキラと光った。
「可愛いなぁ」
「え?」
「バンビちゃんはホントに仔鹿みたいだ。目が大きくてうるうるしてて、鼻も口も小さくて可愛い。背中に白の斑点模様が見える。仔鹿ってチュイーンって鳴くんだよね。知ってる?」
白衣を着たイタリアンマフィアがパスタを巻きながら仔鹿の鳴き声の真似をしている。未だにこの現実が受け入れられない。誉は少し離れた席に座っている脳神経外科医に、この男の頭を診てくれと訴えたくなった。
最初のコメントを投稿しよう!