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仕方がないので話題を変える。
「先生はどうして一人の患者さんにあんなに時間を掛けるんですか? 実習やローテートで回った精神科医の先生は皆、症状を聞いて薬を出すだけでしたけど。医師の診察は月に一回程度で後のカウンセリングは臨床心理士に任せるとか……その方が効率いいですよね?」
「うちは一門だからね」
「いちもん?」
「うん。ファミリーだから」
言っている意味がよく分からない。
「ようこそ、ドラゴンゲートへ! 我が龍門一門に、ご入門おめでとうございます! って誰でも受け入れちゃうの。人類みなファミリー、病んでる人は大体、友達だよ」
「……龍門一門って、完全にマフィアじゃないですか」
「そう?」
「そうですよ」
龍門は楽しそうに微笑んでいる。オリーブの実をフォークで突き刺してぺろりと食べた。本当に態度も仕草も子どものようだ。これで三十五歳というから驚く。
「診断名をつけて投薬する事だけが精神科医の仕事じゃないからね。バンビちゃんだって友達が困ってたら、まずは『どうしたの?』って訊くでしょ。相手の言葉だけじゃなく隠された本音を聞こうとするよね。元気づけたいからって、心の声に耳を傾けず、いきなり友達の口を開けさせて、立て続けにユンケル三本流し込んだりする?」
「それは……しないですけど」
「ほらね」
上手くはぐらかされた気がする。
「まぁ、色んなお友達がいるのは確かだよ。全身を無言でがぶがぶ噛んでくるお友達や、ガソリンを持ち込んで『一緒に死のう?』ってファンキーなお誘いをしてくるお友達もいるけど。あ、ガソリンって綺麗なピンク色なんだよね。初めて見た時は感動したなー。ホントに毎日楽しいよ」
「そ……そうですか」
溜息しか出ない。
「ある側面では最も死が近い科で、でも、もう一方では最も治る科でもあるんだよ。奥は深いし、やりがいもある。バンビちゃんは意外と嵌るかもねー」
勤務一週間の誉には全く理解ができなかった。
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