第1話 「落書きの秘密」

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「今年五歳になる息子が一人います。赤ちゃんの頃から育てにくい子で、母乳で育てようとしたのですがほとんど飲んでくれず……結局、ミルクで育てました。その頃から兆候はあったんです。決まったメーカーの乳首でしかミルクを飲んでくれませんでした。温度や匂いにも凄く敏感で、哺乳瓶を洗う洗剤が変わっただけでミルクを飲まなくなった事もありました。こだわりが強く、音に敏感で、いつも泣いてばかりで……その上、どうやっても目が合いませんでした。変な話ですが飼っている猫の方が視線が合うくらいでした。生まれた時からずっと……息子の気持ちが分からないと言うか……意思の疎通が取れませんでした。九ヶ月の頃、ノロウイルスに感染して小児科病棟に入院したんですが、同室にいた同じ月齢のお子さんを見て愕然としたんです。どの子も皆、母親とコミュニケーションが取れていました。目を合わせて何かを訴えたり、笑ったり、声に反応したり、母親の言葉を理解して話ができる子さえいました。息子はそれが一つもできませんでした。ベッドの上で泣いて暴れるだけで……なんとなく予感はあったのですが、それで分かりました。結局、三歳になっても会話ができず、知能に遅れはないものの社会性に問題があるという事で、児童精神科の先生から広汎性発達障害と診断されました」 「なるほど。今はどちらかに通院されているんですか?」  母親は病院名を上げ、療育に通っている事を龍門に告げた。 「うちの子は他のお子さんに比べて特に自閉度が高いみたいなんです。この障害は自閉度が高ければ高いほど、社会で生きていく事が困難になるんです。IQは関係ないというか、むしろ知能が高い方がより困難になるようです。うちの息子はそのパターンみたいで……」  母親は溜息をついた。
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